「私と会う時にはこれをかけて欲しいの」
そう言って用意してきたものを差し出した。ダンデくんはそれをひっくり返したりしてしげしげと観察すると顎に手を当てて首を傾げた。
「これは……何だ?」
「メガネよ」
「何か鼻のようなものが付いているが?」
「鼻メガネだからね」
それはいわゆるパーティーグッズとして雑貨屋においてあるような普通の鼻メガネだ。当然ながら今日はパーティーでも何でもない普通の日だし、今後そんな催し物をする予定も一切ない。
「ダンデくんならきっと鼻メガネでも使いこなせるよ」
「キミ、さすがにオレをバカにしすぎじゃないか? いくらファッションセンスが壊滅的だといったって、これはさすがにないって分かるぜ」
「……あはは」
ダンデくんの素直さならワンチャンおだててかけさせられるかなと思っていたが、少し無理があったらしい。
頬をプクっと膨らませて文句を言うダンデくんはとても可愛らしくていろいろギリギリだ。誰がって、私がだよ。
「ちょっと言いづらいんだけど、それ掛けてくれないとダンデくんと一緒にいるのが難しいかなあ、なんて?」
「納得できないんだぜ。オレはキミと一緒がいい」
「ああー、その怒り顔も顔が良すぎて困ります困ります」
「ふざけないでくれ!」
いやいやいや、私は大真面目に言ってるんだよ。ダンデくんって鏡見たことある? 言っとくけどビックリするくらい顔がいいからね。本当に毎回溶けるかなって思うよ。
そんなダンデくんが笑ったり照れたり怒ったり拗ねたりするところを私は間近で見せられている訳だよ。毎秒恋に落ちちゃうよね。もう恋のトキメキのキュンキュンで不整脈起こして死んじゃいそうだよ。限界なの。
頭の中を駆けめぐった言い訳を腰に手を当てて怒ってますのポーズをするダンデくんにぶつけてやろうかと思ったけれどやめた。きっと仕返しどころか、オレも大好きだぜと言ってさらに私を死に追いやるに違いないからだ。
可愛い顔をして平気でそんな惨いことをする男なんだ。悪いヤツめ。いや、それにしてもやっぱり顔が良いな。
「うーん、じゃあ妥協案としてこれからダンデくんとは二メートルくらい距離を取ってもらって正面から私を見ずに通り過ぎるってことで」
「それは一体、何なんだ」
「ファンと推しの距離感ならギリギリ耐えられると思うの。ちゃんとお手製うちわ振るから心配しないで」
「キミとオレの関係性を時々見失いそうになるんだが恋人であってるよな……?」
何というかとっても不思議なことに私はダンデくんとお付き合いさせていただいている。
当初は大好きなダンデくんの恋人だってさフゥとまあ変なテンションで乗り切れたが最近ちょっと正気に戻ってきてしまったのだ。
よくよく考えたら顔良すぎて無理となってしまうのは当然の流れで、まだ夜逃げせずにここにいるだけ私は努力をしている。だからそんな薄情なヤツを見る目で見ないで欲しい。
「いろいろと納得はいかないが、これを掛けたらキミの気が済むと言うならいいだろう」
「さすがダンデくん! 優しい!」
「全く調子が良すぎるぜ。ほら、これでいいか」
ダンデくんは私が渡した鼻メガネを掛けてくれた。瓶の底のようにグルグルと渦巻き模様のレンズは分厚くてダンデくんの綺麗な瞳を隠している。そしてデカデカと顔の中央に据えられた付け鼻はダンデくんの綺麗な顔面の景観を完全に損ねていて良い感じだ。
まあ一言でいうと似合ってない。
「うん、ダンデくんすごく良いよ!」
「嘘をつかないでくれ。ダサいだろう」
「いやあ、さすがのダンデくんも鼻メガネ付けたらかっこ悪くて安心したよ」
億が一の確率で鼻メガネでもダンデくんの顔の良さを殺しきれなかったらどうしようと心配していたが、さすが鼻メガネ先輩いい仕事をする。
これで私も胸の動悸を気にせずにダンデくんといられるというものだ。
「じゃあデートの続きしよっか」
「……やっぱりキミにかっこ悪いって思われるのは嫌なんだぜ」
「えぇ?」
ここに来てまさかの拒否である。
付けてない時はめちゃくちゃかっこいいから大丈夫。ガラルの全女がダンデくんにメロメロだからとフォローを入れてみるがダンデくんは一度言い出したら聞かない性格だ。取る取らないの口論に発展してしまい和解はできそうにない。
「そんなに困るというなら見なかったらいい話だろう」
「ダンデくんを前にして顔を見ずにいられると本気で思ってるの? 無理!」
「キミは難儀なやつだな」
ダンデくんから呆れ果てた視線を頂戴してしまったが悪いのは私ではない。恨むなら自らの顔の良さを恨んで欲しい。
とにかく鼻メガネは付けたままで頼むとお願いするが、ダンデくんは納得がいかないようでむむっと唸っている。
「そんなに無理だというなら、……キミが目隠しをすればいいじゃないか」
名案を思いついたとばかりにダンデくんはポンと手を叩いた。
「え、それは」
「ほら、これで見えないぜ」
私の躊躇いもお構いなしに勝手に布を巻いたダンデくんは無事に解決したとご満悦だ。なるほど確かに真っ暗で何も見えないが、これではその他のことに支障がありすぎる。
「何も見えなくて動けないんだけど……」
「オレが手を引くから大丈夫だぜ!」
「いやダンデくんに任せるのは不安要素が大き過ぎるかな!?」
この天然さんは自らの方向音痴具合を甘くみすぎてるきらいがある。ダンデくんに任せていれば、そこがワイルドエリアだったなんてこともありそうだ。
「では出かけなければいい話だろう」
「へ?」
いやいや今日はデートの約束だったろうと思ったが、何故か上機嫌なダンデくんに反論の声をかき消された。
「のんびりお家デートと行こうじゃないか。……目隠しというのも案外そそるものだな」
まさかダンデくんにそういう気があったとはと慌てて逃げ出そうとしてももう遅い。がっちりと腰に回った手は外れそうもなかった。
そうしてダンデくんの良さは顔だけではないと思い知らされ、接触禁止令を出したり破られたりとまだまだ“顔が良すぎる”騒動は続くのであった。