「キミはオレをないがしろにしすぎだと思う」
珍しく静かだなあと思って月九のドラマに夢中になっていれば、紫色のかたまりがにゅっと飛び出てきた。その鍛え上げられた立派な体躯に阻まれて、私はちょうど盛り上がってきたところを見逃してしまう。
「テレビ見てるんだけど」
恨みを込めながら見上げると私の機嫌を損ねたことを知って心なしか威勢が弱まったように見えた。しかし、それでも自分の要求は押し通したいようで目の前から動こうとはしない。
数十秒続いた睨み合いの末に先に視線を逸らしたのは彼の方だった。口をへの字に曲げて明らかに拗ねていますというていで私の腰へと抱きつく。
「最近ちょっと冷たいんだぜ……」
「そんなことないよ」
彼は大袈裟に悲しいと泣き真似をしながら頭をグリグリとお腹へ擦り付けてくるが被害妄想だと主張したい。
現に数十分前にお風呂上がりの彼の髪を乾かしてあげたのは私だ。スポンサーからもらったのだというお高いケアグッズを使いながらも自然乾燥という暴挙に耐えかねて始めたのがきっかけだが今では私も楽しんでやっている。
実家で同居していた祖母のワンパチにドライヤーをしてあげるような感覚に近いだろうか。豊かな髪はしっかり手入れしてあげればサラサラで触り心地がいいし、大きな体をちょこんと小さくして大人しくしている彼が何とも可愛らしい。彼自身も気持ちがいいのだろう。ドライヤーの騒音に混ざって少し音程の外れた鼻歌がよく聞こえてくる。
そんなこんなが日常にたくさん散りばめられているのだ。ごくごく一般的に考えれば仲良しの部類に判別されるに違いない。
そもそも彼の“冷たい”判定が厳しすぎると思う。たかだか一時間ほどテレビを見るために傍を離れただけだというのに随分な甘えた君だ。
けどまあ、そんなことを言いつつも惚れた弱みというやつでワガママも可愛く見えてしまう。彼の紫の髪にワンパチの垂れた耳が見えるような気がして優しく髪を梳く。
「キミのポケモンになりたい」
「私、ポケモン育てたことないよ?」
「キミは育てるの向いてると思うぜ。オレにとってのリザードンみたいな関係になりたい」
彼の口からびっくりするような言葉が出てきた。それはさすがに盛りすぎじゃと思いながらじっと見つめると本人も自覚があったのか顔を伏せたままだ。
「さすがにダンデくんの方向音痴は私じゃ手に負えないかな」
「……ひどいぜ」
少し離れたところで丸くなっていたリザードンくんからも不満げな鳴き声が上がる。その響きからして自分に押し付けるのは勘弁して欲しいと言ったところだろうか。
クスクス笑っているとダンデくんは頬を大きく膨らませてリザードンくんの方向をにらみつけた。しかしダンデくんの相棒は全く意に介さずお気に入りのクッションに顔を埋めたままだ。
「ポケモンね。前から育ててみたいなあと思ってたし、私もワンパチとか譲ってもらおうかな」
全くその気がなかったがそう嘯くとダンデくんの顔色がサッと変わる。
「それはダメだ!」
「何で? ダンデくんが言い出したんじゃん」
「そういう意味で言ったわけじゃない!」
「じゃあ、どういう意味?」
「むぅ……とにかくダメと言ったらダメなんだ」
「えー、わからないなあ」
一生懸命な姿が可愛くてニコニコしてしまう私とは反対に、ダンデくんの眉間にシワが寄っていく。
少しからかい過ぎてしまっただろうか。でもいつもワガママを聞いてあげてるんだからこれくらい許して欲しい。
私に引く気がないとわかったダンデくんは慌てたように私の腕を掴むとグンと引き寄せた。
「キミはオレに構うのに忙しいからダメなんだ!」
間近に迫った大好きなダンデくんの顔は切羽詰まった表情だ。真剣なダンデくんには悪いけれど愛されてるのがよく分かってしまって嬉しいのを抑えきれない。
「うん、そっかあ。そうだよね。私にはダンデくんがいるもんね」
「そうだぜ! もっといっぱい構ってくれ!」
ポケモンを可愛がるように頭をなでるとダンデくんは嬉しそうに笑った。ダンデくんがいる限り私の手が空くということはありえないだろう。
ああ、全く何で彼はこんなに可愛いんだろう。