突然ですが、御本尊を拾いました。
何を言っているのか分からないだろうけれど、とりあえず話を聞いて欲しい。私にも訳が分からないんだ。
有休消化で取った平日のど真ん中の休み。手持ち無沙汰だなあ買い物でも行くかと真昼間に私はスーパーへと向かった。
その道中のことだ。何故か道端でキョロキョロとあたりを見回している推しに遭遇した。迷子である。
とまあ、ここまではイレギュラーといえども何とか許容範囲内であった。推しの方向音痴に関してはガラル国民にとっては周知の事実であるし、そんな推しの道案内をすることもさほど珍しいことではない。
うん、そう強がってはみたけれど突然の幸運にテンションが爆上がりしたことについては素直に白状しておく。内心は宝くじの一等が当たったのかなというほど荒れ狂っていた。それほどまでに生の推しの破壊力はすごかった。
あ〜! 胸筋すっごい! もう雄っぱいじゃん! しかも睫毛が死ぬほど長い〜! その風圧を顔面で受けたい〜!
ここまでノンブレスで言い切った。もちろん心の中でだけれども
そんな気持ちの悪い本心を抱えながら、私はよそ行きの笑顔を作った。推しの前では礼儀正しく控えめであれ。ガラル淑女の基本である。
推しに声をかけるなど恐れ多いことではあるが、困っている推しを放置するなど言語道断。そっと救いの手を差し伸べて、さっと立ち去るのがレディというものだ。
「何かお困りでしょうか?」
「すまない、道に迷ってしまったんだが……」
精一杯の淑女モードで臨んだ私にすっかり警戒心を失った推しは眉をハの字に曲げてヘラッと笑った。ウッカワイイと呻き声が出そうになったが、そこは腹筋に力を込めてグッと抑える。
やはり信じられるのは己の筋肉である。推しがオススメだと言ったプロテインを飲むために始めたトレーニングだが、まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
やはり推しの言うことは全て正しいと私が噛み締めていることも知らずに、推しは自身の目的地を説明し始めた。うん、これまた見事な逆方向だ。
「ここからですと徒歩では遠いですし、タクシー乗り場までご案内しましょうか?」
「ああ、頼む」
タクシー乗り場はここから数十メートルほどだが、推しの迷子具合を考えると直接つれていくのが吉だろう。
あと数分でお別れかと思うと瞬きすら惜しんで推しの姿を目に焼き付ける。私は善良なファンであるので回り道など姑息な手段は使わない。というよりこの安心しきった笑顔を見たら不届きな真似なんてできるはずがない。
しかしながら、私の良心に水を差すように割って入る声があった。グルグルと音を立てるのは腹の虫だ。しかし私の腹から出ている音ではない。推しとバチっと視線が合ったかと思うと、見る見るうちにその目が悲しそうに垂れていくではないか。
「……あの、家に残り物のカレーがあるんですけど」
少しだけ言い訳をさせてもらうと断じて下心があった訳ではない。これは非常事態なのだ。推しがお腹を空かせているんだぞ? これは供物を捧げて然るべきだろう。
私の遠慮がちな提案に推しの目がキラキラと輝きを取り戻していった。推しの悩みを解決できたことに私はホッと息をつく。
後から思うと、この時の私は混乱していたに違いない。推しに手料理を振る舞うなんて真似を正気でできるはずがないのだから。
そんな訳でランナーズハイの私は推しを自宅へと連れて帰った。しかしながら、ここで大きな問題が発生した。
お察しの通り、私の部屋は推しのグッズまみれだ。オタバレなど秒もかからないような有り様だ。
それなのにも関わらず自宅の玄関を開けてどうぞと推しを案内してから気づくのだから私は相当なバカである。終わったと固まる私の前で推しは物珍しげに室内を見回した。
お巡りさん私です。私を今すぐ捕まえて推しから引き剥がしてください。こんな羞恥に耐えきれないから早く楽にしてくれ。お願いします。
早くトドメを刺してくれと身を縮こまらせる私に推しはマイペースに話しかけてくる。
「キミはオレのファンだったのか」
「アッ、ハイ」
緊張で喉が乾いて声を出すので精一杯だった。何か言い訳をしなければと思うが、頭が真っ白どころかブラックホールすぎてもう終わりだ。全てを飲み込んで私ごと証拠隠滅して欲しい。
冷や汗をダラダラと垂れ流す私にお構いなしに推しは部屋のポスターを見ながら随分と古参のファンなんだなとコメントする。瀕死状態に追い打ちをかけるところはさすがチャンピオンだ。容赦がない。
もしかしてストーカーだと思われたかと恐る恐る推しの様子を伺うと、変わらぬ笑顔のままポスターを指さして言い放つ。
「サインするか?」
「ケッコウデス!」
良かった。マジで良かった。推しが優しくて世界が優しい。推しが大聖母様だ。
推しの温情によりどうにか不審者扱いを逃れた私はカレーの準備をするために推しをどこかへ休ませようとあたりを見回した。
女の一人暮らしに大層な家具がある訳なく、私が普段使っている簡易なイスの上に草臥れたクッションが転がるばかりだ。却下。
となれば、どこへという話だが実は私の部屋にはもう一つイスがあった。私が座る用ではない、推しのぬい様が座る用だ。つまり端的に言うと祭壇である。
突っ張り棒でカーテンを吊るして区切ったスペースをバッと開く。アンティークショップで見かけて衝動買いしたそのイスはまさにチャンピオンが座るに相応しい。その中央にちょこんと座っているぬい様を優しく戸棚の上に移して場所を空ける。
どうぞと私が促すと推しは戸惑いつつもイスに腰かけた。右隣にはドラパルト、左隣にはリザードンの等身大ぬいぐるみが構えており、その後ろには膨大な量のグッズが飾られている。御本尊が納められた祭壇を前に私は思わず手を合わせずにはいられなかった。衝動買いもたまには役に立つものだ。
推しは少しの間、居心地が悪そうにしていたがすぐにドラパルトぬいの周りにわらわらと集まるドラメシヤぬいに気が移ったようで興味深そうに見始めた。チャンピオンにもなるとぬいの個体値までわかるのか、一体一体を手に取って厳選をしている。
ドラメシヤが足りない方へという宣伝文句に一体どういう意味だと首を傾げたものだが、なるほど推しの強襲に備えてのものだったのか。販売会社はなかなかリスクヘッジがしっかりとしているらしい。
そうして私はカレーの準備に取りかかり、無事に推しの空腹を満たすという大任を果たした。推しは始終ニコニコと笑っていたのでおそらく不備はなかったのだろうと思いたい。
一言付け加えるとすれば、等身大リザードンぬいのお腹より推しのリザードンのお腹の方が触り心地がいいとマウントをかけられたことだろうか。相棒自慢をしてくる推しは百億点可愛くて優勝だったと言っておく。
その後、カレーを気に入った推しが度々訪ねてきたり、そんな推しを心配した推しの公式ライバルも押しかけてきたりすることになるのだが、この時の私は知る由もなく推しが厳選したドラメシヤに頬擦りをしていた。