「オレはカレーを作るんだぜ!」
キラキラな笑顔とともに放たれた言葉に、爽やかな朝が一変して阿鼻叫喚の地獄へと変わった。
悲壮に満ちた顔つきをしているのは私と、ダンデくんのポケモン達である。皆そろって頭を抱えているが、ポジティブの権化である元凶はキョトンと不思議そうにしているばかりである。
ダンデくんはちょっと、いや少し、いやいや普通に、言葉を飾らないで言うとかなりマイペースなところがあり我が道を行くきらいがある。ポケモンバトルに関してはそれで上手くいっているのだからいいのだが、他のことについてはお察しの通りだ。
ダンデくんともそこそこ長い付き合いになるが、私は未だにダンデくんの手料理を食べたことがない。料理において自己流が破滅の始まりだというのは周知の事実。何事もレシピに忠実にするのが重要である。
つまり、このマイペースな暴君に料理をさせればどうなるかは火を見るより明らかだ。絶対に止めなければならない。
「ええっと、いきなりどうしたの?」
「キバナがポケスタに手料理をあげていてな。コメントにダンデは料理下手そうって書かれてたんだ……負けたくないんだぜ」
瞳に宿るメラメラと燃え盛る炎に私は詰んだと思った。ダンデくんはキバナさんに関わることについて驚くほど器が小さくなる。リザードンくんの爪先くらいの大きさだ。一度こうなれば、何が何でも引き下がらないだろう。
大人気なくナックルジムにクレームを入れてやろうかと血迷った思考に入る。お宅のジムリーダー様のせいでウチのチャンピオンがダークマターを生み出そうとしていて困っているんです、とでも言うか。キバナさんもキバナさんでいい性格をしているから、さらに煽り立てて厄介なことになる気しかしない。
私は早々にダンデくんの料理から逃げることを諦めて、買い物という名の永遠の旅に出ようとしている背中を引っ掴んだ。
どうにかこうにか言いくるめて買い物自体は迷子ひも装着で乗りきった。キッチンに並べられた食材達を眺めながらダンデくんは満足そうに頷いている。
普段はおろしっぱなしにしている長い髪をポニーテールにして、黒いシンプルなエプロンを身につける姿はとても堂に入っている。パッと見だけはカリスマシェフとかに見えないこともない。
その手に握られた食材が腕力によって粉砕されていなければの話だが
いや待って、のっけからフルスロットル過ぎない? ツッコミ入れる余裕すらなかったよ?
ダンデくん本人からすれば至って普通のことなのか機嫌良く鼻歌を歌っている。可愛いのやら恐ろしいのやら、もはやよく分からない。
私が困惑している間にもダンデくんはテキパキとカレーらしき物を作り上げていく。お玉でかき混ぜられている鍋の中身がダンデくんの髪と同じ紫色なのは、きっと私の目の錯覚に違いない。最近ちょっとスマホ使いすぎているから疲れているんだろう。
「あとは仕上げのまごころだな」
ああ、ついに来てしまった。短い人生だったけれどなかなか楽しかったよ。
背後でお葬式のような空気になっている私とポケモン達に、ダンデくんは気づかないらしく手で可愛くハートを作っている。
最後に見る光景がこれならなかなか悪くないと私が目に焼き付けていると、――ダンデくんのまごころが発動した。
発動とは一体、何事だと思うだろうがそうとしか表現できなかったのだ。だって、ダンデくんのまごころを受けて鍋の中身が光ったのだから。
「ええっ!?」
とんでもない怪奇現象に悲鳴を上げるが、ダンデくんとポケモン達は平然としている。え、これ私の方が過剰反応ってことなの?
チャンピオンともなると、まごころもチャンピオン級で光ったりするのだろうか。いや、ありえないだろう。ありえないと言ってくれ。
混乱を極める私に構わずダンデくんは完成したカレーを皿によそって配膳していく。リザードンくん達もため息をつきつつもそれぞれ自身の皿の前に座る。
一人おいてけぼりな私も後ろに続くが、もうなんか本当にすっごいの。今すぐ逃げたい。
白米の上にかかったカレーは相変わらず鮮やかな紫色をしているが、さらに何やら得体のしれない物がニョキニョキと生えている。頭に双葉のようなものがくっついているそれは心なしかダンデくんに似ていて、身体を揺らしながらキエッだかキョエッだか何事かを訴えている。
ダンデくんのまごころは何か不思議な生き物を創造する魔法だったのだ。
皿の前で固まる私を他所にダンデくんはスプーンで小さな生き物をすくい上げると一口でパクリといった。食べられる直前に悲しそうな顔をしてこちらへ助けを求めているような姿が目に焼き付いて離れない。これは紛れもなく共食いである。
「今日も美味しくできたな」
ものすごい勢いで消えていくリトルダンデくんに私のメンタルはズタボロだ。
一向に食べ始めない私を不審に思ったダンデくんから調子が悪いのかと聞かれて、私もいよいよスプーンを手に取った。こちらを見て悲鳴をあげている彼らに心を痛めつつ、ダンデくんの期待の眼差しを裏切れずにすくい上げる。
「……いただきます」
罪悪感と恐怖で声を震わせながら一思いにスプーンを口へと突っ込んだ。目をギュッと閉じて噛み締めると、普通のカレーではありえないであろうモキュモキュとした食感がする。
「あれ、おいしい……?」
摩訶不思議なことにそのカレーは美味しかった。おおよそカレーとは思えないような、表現するのが難しいような味なのだが美味しいことには美味しいのだ。見た目がこんななのに
チャンピオンのまごころはカレーの味までねじ曲げてしまえる代物なのだろうか。この奇跡的な美味しさはあのまごころに秘密があるに違いない。
「ダンデくんのまごころの味がする」
「そんなに言われると照れるぜ」
ダンデくんははにかんで頬をかいたが、これはカップルのイチャつきではなく紛れもなく事実である。
照れ隠しにおかわりもあるぜと言ったダンデくんにのせられてカレーをかきこんだ。
そうして私はダンデくんのお手製カレーをペロリと二杯も平らげた。リザードンくんが心配げな眼差しで見ているとも知らずにだ。
その心配は見事に的中してしまい、私は今ベッドの中で呻いている。時刻はすでに日が落ちた頃だ。時間からしてもこの腹痛の原因はカレーにあるとしか考えられない。
あの人智を超えた代物はダンデくんのまごころパワーで味を補正されはしても、効能はそのままだったらしい。見事なカウンター技である。
寝込む私の周りであたふたとするダンデくんを見ると口が裂けてもカレーが当たったとは言い出せなかった。斜め後ろのリザードンくんに視線を向けると鼻で笑われた。おそらく修行が足りないと言いたいのだろう。
あのカレーを食べ続ければいつか耐性ができて、ダンデくんやリザードンくん達のように平然としていられるようになるのだろうか。そこまで私が持つのか非常にあやしいところだ。
まあ、でも
「大丈夫か? 何か欲しいものはないか?」
「大丈夫だって。薬飲んでたくさん寝たらすぐ良くなるよ」
こんなに可愛いダンデくんのためなら喜んで体を張ってやろうじゃないか。
安心させるように布団の中から腕を伸ばして頭をポンポンとなでると、ダンデくんはようやく笑ってくれた。なんだかんだいいつ、私はダンデくんにベタ惚れでこの笑顔に弱いのだ。
元気になったら体を鍛えないといけないなあと決意する私の横で、ダンデくんがバッと立ち上がる。
「キミのために、カブさんから教わったおかゆを作るぜ!」
……時に、愛で人は死ぬらしい。