ダンデくんの犬

 私の彼氏はとても優しい。
 周りは彼をバトル馬鹿とかデリカシーがなさそうとか言うけれど実際には違うんだ。まあ確かに私服はちょっとダサいし不器用なところもあるけれど、ちゃんと私に向き合おうと一生懸命なところが大好きだ。
 今日だって目が回りそうなほど忙しいスケジュールの合間を縫ってデートしてくれている。いつもと変わらずのお家デートだけれど彼と一緒にいるのは楽しい。
 私の隣で黙々と相棒達のケアをしている彼の手元を注視する。はたから見るとこういうのを彼女よりポケモンを大事にしていると言うのだろうか。私からすれば彼と相棒達は切り離して考えられない存在で、彼らの横においてもらえること自体が得難いことだと思う。
 彼は自身の相棒達に触れる時いつも真剣な瞳をしている。何か変わったことはないだろうか。今日の体調はどうか。機嫌は悪くないか。金色の瞳は全てを見抜いているかのように隅々まで観察していく。それは私に対しても同じことで、その瞳の熱量が少しこそばゆくて愛おしい。
 かと思えば明確に違うこともある。例えば何かお行儀が悪いことをしたとして彼は私を叱らない。行きすぎれば嗜めることくらいはあるだろうが、それでもやんわりとしか言わないだろう。
 でも彼らはちゃんと叱ってもらえるんだ。オマエ達はこのダンデの相棒だろうと時に冷たい目を向ける。私はそれがとても羨ましい。
 もちろん彼の不興を買いたい訳ではない。甘やかされているなあとも思う。ただなんというか、彼らはダンデのモノなんだなあと思うと堪らない気持ちになるのだ。
 私の熱視線に気づいた彼がギルガルドのボディを磨いていた手を止めて顔を上げる。
「どうした? 寂しくなったのか?」
「……うん」
 彼は優しく笑って私に向けて腕を広げる。迷わずその中に飛び込むとギュッと包み込まれた。
 私はたぶんきっと幸せ者なんだろう。これ以上を望んだらバチが当たるだろうなと思うくらいには大切にしてもらっている。でも、できることなら彼の手持ちになりたかったとも思う。

 そんな邪な欲は時間が経つにつれて大きくなっていくばかりだった。意識していなかった時には何となく聞き流していた彼らの会話もいけないと思いつつも聞き耳を立ててしまう。そしてそこに含まれる彼らの関係性のようなものを感じては妬ましく思う自分がいた。
 変わらず彼は優しくしてくれるし、愛情を向けてくれている。私だってそれは理解している。でも恋人止まりなんだ。それ以上は踏み込んではこない。
 望んでも叶わないと分かるものほど欲しくなるのが人の性というもので、この飢えにも似た渇望は留まることを知らない。そして聡い彼がそんな私に気づかない訳がなかった。
「何か不満があるんだろう?」
 直接、会って話したいことがあると言って私を呼び出した彼は開口一番にそう言い放った。無駄を嫌う何とも彼らしい行動だ。
「……そんなのないよ」
 まさか彼の相棒達が羨ましいと言えるはずもなく私は嘘をついた。出してもらったコーヒーのマグカップを手に取り、自然を装って視線を落とす。
 そんな言葉で彼が引いてくれるとは思っていなかったが、金色の瞳は真っ直ぐこちらへ向けられたままだ。
「話してくれなきゃ分からないぜ」
 彼はいつも何でも分かっているような瞳をする。今も私が望むことを見抜いていて言わせようとするんだろうか。好奇心に負けて視線を合わせるがその真意は分からなかった。
 けれど彼の瞳を見ていると何でも正直に話してしまいたい衝動に駆られる。さっきコーヒーを飲んだばかりだと言うのにもう口の中がカラカラに渇いていて自分が緊張していることを嫌でも意識させられる。
「あの、ね。引かないで聞いて欲しいんだけど……」
「ああ」
「ダンデくんの手持ちになりたいの」
 私の突然の告白に彼は目を丸くさせて、オレの手持ちと私の言葉を繰り返した。そりゃあ彼からすれば訳のわからない話だろう。おおよそ人と人が築く関係性ではない。
 やっぱりダメかと気持ちを落ち込ませてやっぱり聞かなかったことにしてほしいと言おうとしたけれど彼に遮られる。
「それは具体的にどうすればいいんだ」
「ええっと……?」
「キミも彼らと同じように世話をやかれたいのか」
 矢継ぎはやに問い詰められてタジタジになってしまうが彼が本気で言っていることは分かった。彼が私の望みを叶えてくれるつもりなのだと知って期待からごくりと唾を飲む。
「私のことも、叱ってちゃんと躾けて欲しい……ダンデくんの望むように育てられたい……ダンデくんの支配下に置かれたい」
 顔が熱い。きっと頬が真っ赤になっているんだろう。自分の言っていることが恥ずかしいことだっていう自覚は十分にあった。私はとんでもないことを仕出かしてしまったのだ。
 私の羞恥心に反して、彼はようやく本心を白状されてご機嫌なのかにぱっと笑った。
「そうだったのか。いいぜ!」
「えっ」
 私からすれば一生言えるはずがないと思っていたのに、彼は驚くほど呆気なく受け入れた。何が起こったのか訳がわからず私はパチパチと目を瞬かせるしかない。しかし彼はそんな私を放って楽しそうにあれこれ考え始めている。
「まずは手始めに首輪でも作ろうか。バトルの邪魔になるからあまりメジャーではないが、迷子札もつけられるしオレのものと分かりやすくていい。次の休みは?」
「……来週は日曜日なら」
「じゃあ、その日に行こう。早い方がいい」
 やれどんな素材が似合うかだとか、私専用に大型ポケモン用のケアグッズを揃えようかだとか話す彼は楽しそうだ。今まで散々に悩んでいたのが馬鹿らしく思えるくらいには彼は乗り気だった。
「ねえ、いいの? ……こんなことに付き合わせて」
「構わないぜ。それはそれで楽しそうだ」
 ニコニコと笑う彼を見つめたけれど、その言葉に嘘はなさそうだった。ほっと息をついて少し冷めてしまったコーヒーに口をつける。
 彼は気が早くもネットでいろいろと調べ始めているようだったが、あっと何かに気づいたように顔を上げた。
「ああ、そうだ」
「ん?」
 まだ何かあったのだろうかと聞き返すと彼はスッと笑顔を消した。滅多に見ることない表情に背筋が冷えると同時に胸が高鳴る。
「そのソファは人用なんだ。キミは座ってはいけない。覚えてくれ」
「……はい」
 私はソファから降りて彼の足元に座り込んだ。それを見た彼が満足そうに微笑んで私の首元を擽る。満足感にやっと心が満たされていくのを感じた。