わがままな自覚のあるダンデくんの話

「オレはワガママなんだ」
 唐突な告白に驚いて彼の顔を見ると至極真面目な表情だった。何を寝ぼけたことを、と一瞬思ったがどうやら冗談で言っている訳ではないようである。
「今頃、気づいたの……?」
 ダンデくんがワガママであることなどとうの昔に知っている。というよりそのワガママの被害にあってきた人間の筆頭とも言えるであろう。だから今更、改めて教えてもらっても知ってるけどとしか答えようがないのだ。
「いや、始めからワガママな自覚はあったんだ」
「ええ……なら直してよ」
「あれはジムチャレンジをする前の話だったか――」
 マイペースなワガママ野郎は人の話を聞かずに過去を振り返り始める。そういうところがワガママ王のワガママたる所以だろう。
「キミに好きなヤツがいると、ハロンで噂になっただろう」
「あ〜、そういえばあったね」
「彼を漏らすまで追いかけ回してバトルしていたのはキミに幻滅して欲しかったからだ」
「待って、のっけからクズすきない?」
「やむを得ない犠牲だったんだ」
「そもそもあの子を好きだったの私じゃなくて友達のチヨちゃんだったんだよ……?」
「人違いだったのか? それを早く言ってくれ」
「いや、ダンデくんから好きな子いるかなんて聞かれたことなかったよ?」
 ハロンにいた頃のダンデくんと言えばポケモンバトル大好き少年で、恋愛のれの字もなかったはずだ。あの子が泣かされたことは知っていたが、脳みそに油性マジックで大きくバトルと書かれているダンデくんならやりかねないと見過ごしてしまった。……まあ知っていたとしても止められたかは分からないが
「ふむ、まあ人違いとはいえリスクを未然に回避出来たと考えれば悪くない」
「いたいけな少年にトラウマ植え付けてるけどね!?」
「ハロンはまだ良かった彼を見せしめにしたら男共は誰もキミに近寄らなくなったからな。問題はジムチャレンジが始まってからだ」
「ええ、まだあるの?」
「キミを五秒以上見つめているやつは片っ端からバトルを申し込んでいったんだ」
「通り魔ぁ……」
「心が折れるまで叩き潰すには時間が足りなくてな。少し手ぬるいが回数をこなすには仕方がなかった。おこづかいがなくなったやつからキミの前を去っていったぜ」
 本人は満足げだがやっていることはバトル好きの皮を装った悪魔の所業である。目の前で優雅に紅茶を飲むダンデくんはバトルがしたい欲求と目的遂行の両方を満たせて合理的とでも思っているのだろう。人の心は一体どこに置いてきたんだ。
「しかし、だ。キミを追いかけるやつらの中には面倒なことにバトルをしないやつもいたんだ。無理強いする訳にもいかず困ってな」
「うん、そこで手を出さなかったあたりまだ良心が残ってて安心したよ」
「暴力は犯罪だろう? ナンセンスだ。だからオレはそいつらに金でマウントをとることにしたんだ。幸いにもバトルで巻き上げた賞金で金には困ってなかったからな」
「もはやカツアゲじゃん」
「侮辱しないでくれないか。正当な報酬だぜ」
「えぇ……」
 思い返してみればダンデくんにやたらと貢物されていた時期があったような気がする。
 バトルで賞金代わりにもらったんだと言って何となしに受け取っていたが、そんなバックグラウンドがあったとは知らなかった。知っていたら確実に拒否していただろう。
「とまあそこまでは苦労していた訳だが、チャンピオンになってからは随分と楽になった。権力って役に立つな」
「ダンデくん、道徳ってちゃんと習った……?」
「帝王学なら学んだぜ」
「はい、ダメ〜! 確実にダメ〜! バーサーカーに権力と知識与えてどうすんの、ローズ委員長」
「ローズさんにはいろいろと世話になったぜ」
 今までの話の内容でも随分なクズ野郎っぷりだったが、そのいろいろにもヤバいやつがたくさん含まれていそうで怖すぎる。正直もう話を切り上げて帰りたい。
 しかしそうはできない理由があった。
「なあ、オレはキミを囲い込むために全力を尽くしてきたんだ。なのに何故、結婚がダメなんだ?」
「むしろいい理由がひとつもないけれど?」
 そう、私は何故かダンデくんから結婚を申し込まれた。付き合ってもいないのになんの前触れもなく
「キミに結婚を拒まれたらオレは全力で駄々をこねるぜ」
「……うん、なんかもうお好きにどうぞ」
「もちろん周りを巻き込む」
「それはやめて?」
 ダンデくんが全力で駄々をこねたら被害は尋常ではないだろう。こんなやつに権力を与えていいのか……? 私事に使いまくりだよ……?
「オレがこんなに執着するのはキミとキバナくらいだ」
「えっ、キバナさん可哀想……」
「キミと違ってキバナは賢いから逃げたりしないぜ」
「そりゃあナックルを大事にしてるキバナさんなら自分を犠牲にするよね」
「オレが犯罪者になったらバトルができなくなるからだぜ!」
「そういやダンデくんが強烈すぎて忘れてたけどあっちもバトルジャンキーだった! 何? ポケモンバトルってなんか麻薬成分でも分泌されんの、こわい」
「キミひとりで皆の安全が保証されるんだ。安いものだろう」
 ダンデくんはどこぞのマフィアのようなセリフを吐きながら、笑顔だけはいつものチャンピオンスマイルでテーブルの上の紙をこちらへ送った。左上に婚姻届と書かれたそれは私の署名欄以外はすでに全て埋まっている。
「いやあね、平和って大事だと思うよ? 思うけどね? 私の人生も大事なのね? どうにか他人を巻き込まずに収めては――」
「イヤだぜ!」
「んんっ気持ちがいいくらいに横暴〜!」
 こうなれば私が首を縦に振ってサインするまでは絶対に居座るだろう。こいつはそういう男だ。
「そんなに嫌なら見方を変えてみないか。これを婚姻届ではなく好きな額が書ける小切手だと思えばいい。オレが死んだら遺産は全てキミのものだ」
「……ダンデくん、毒殺されるフラグ立ってるけど大丈夫?」
「すでに毒耐性はつけてあるから平気だぜ」
「分かってたけど添い遂げる気満々〜!」
 家系的に長生きする方だから安心してくれとダンデくんはドヤ顔で行ってくるがむしろ不安要素しかないのは私の気のせいだろうか。
「大体からして何で私なの? もっと他にダンデくんのこと大好きで可愛い子がいたでしょうに」
「それはキミが好きだからだぜ!」
 素朴な疑問を聞いたつもりが予想外の反撃を食らって固まる。これは予想外すぎる。それもそのはず、そもそも結婚したいと思っていたことすら結婚届を出されるまで気づかなかったのだから。
「初耳なんだけど?」
「キミがオレを好きじゃないことは知っているからな。だったら感情論より結婚するメリットや逃げるリスクを話した方が建設的だろう」
 ダンデくんは至極真っ当な意見だと言わんばかりであるが、やはりこれは道徳の授業を受けそこねた代償は大きかったと思わざる負えない。
 いろいろと突っ込みたいことも聞きたいこともある。しかし、とりあえずこれだけは言わねばならないだろう。
 私はテーブルの上の婚姻届を手に取ってダンデくんに突きつけた。
「プロポーズやり直しで」


 そして二ヶ月後、やり直しを言い渡されて困ったダンデくんがキバナさんに相談しガラル全土を巻き込んでサプライズプロポーズをされて私はさらに頭を抱えることとなる。