※ヘタリア。国が人間に与える影響についての設定を捻じ曲げています。
「ねえ、出会ったときから思ってたんだけど、何か隠してること、ない?」
「隠してること?」
アーサーは、いつも通りの意地の悪い笑みを浮かべて紅茶をすすった。それから小声で20点、とうめく。文句言うなら私に入れさせないでよね。
「ったく、お前は何年経っても紅茶入れるのうまくなんねーな」
「しょうがないじゃん、アーサーに出会うまで一回も注いだことないんだし。それに、アーサーだって何年経ってもお菓子上手に作れないじゃん」
「どういう意味だ、コラ」
「あーあ、ほらそうやって図星つかれるとすーぐムキになるんだから」
全力でアーサーをからかってやりながら、頭の片隅で考える。何年経っても。そう、私とアーサーが出会ってから、約7年になる。まだピチピチの女子高生だった私も、とっくに色気を身に着けた(と、言い張っておく)大人になった。ちょっとだけ生クリームがしんどくなって、階段を上がる力が衰えた。それに比べて、アーサー。出会ったとき、23歳だと言っていた。順当に歳を重ねていれば、今彼は30歳ということになる。自分の周囲の30歳の男性を思い浮かべて、アーサーを見る。うーん、やっぱり、見えないよなぁ。というか、どう考えても出会ったときから変わってない。
「……アーサー、話逸らすの下手くそすぎでしょ」
「おや、加奈も随分と知恵がついたらしい」
「高校生の私でも気づけたよ!」
「どうかな」
上機嫌で紅茶をもう一口飲んだアーサーは、やはり小さく呻いた。紅茶への冒涜だとかなんとか。うるせぇ、茶葉全部海に捨てるぞ。
「…………、俺、今何歳に見える?」
「23歳。いや、17歳ぐらいに見える」
「誰が童顔だ! 23歳で合ってんだよ!」
「えっ」
………………。二人の間を、沈黙が満たした。喧嘩をすると二週間ぐらい互いを無視することもあったけれど、こんな、嫌に生ぬるい沈黙は初めてだった。
「…………やだ、私の方が年上!?」
「気にするところそこかよ!」
「えーっ、やだー! ちょっとこっち見ないで! キャー!」
冗談はさて置き。全く、これっぽっちも、ぜんっっっっっぜん理解できてないけど、つまり、これは、その……、アーサーは、年を取っていない、ってこと? イギリス人って、歳取らないの?
「お前、変なこと考えてるだろ。イギリス人は歳をとるし、スコーンのせいで歳が狂うなんてことはない!」
「そこまで考えてないって! そして泣きそうな顔しないで! なんで自分で追い込んじゃうの」
駄目だ。あまりに驚きの事実すぎて、頭がついていけなすぎてふざけてしまう。(これに関してはアーサーにも責任があるのでは……。) ……辻褄を合わせようとすれば、私と出会ったとき、アーサーは16歳だったことになる。煙草も酒も嗜む16歳……。いや、万が一当時16歳だったとしても、その後成長も老化もしていないのが説明できない……。
「……俺、お前のこと舐めてたわ。もう少し騙せるかと思ってた」
もはや20点(今までの最高点は25点である。)の紅茶を飲むのは諦めたらしく、アーサーはカップから手を離してため息をついた。それから、ふとカレンダーを見て、私を見る。
「そうか、もう5年になるのか……」
「私と出会ったときから、ってことなら7年だよ」
「…………、大体一緒だろ」
これだからおっさんは、だとかなんとか言いそうになったけれど、これでは埒が明かないと思いなおして口を閉じた。ややモゴモゴしてしまったが。
「イギリス人は歳を取るし、俺のスコーンはめちゃくちゃに美味いが、……俺は歳をとらないんだ」
「モゴ……(このおっさんしつこいな。根に持つなよ)」
「…………、実はこの世界には、国の役割を持った奴らが居るんだ。おい、やめろ、まーた始まったよ、っていう目をするんじゃねぇ。例えば、俺はイギリスだ。グレートブリテン及び北アイルランド連合王国、そのものだ。たまに俺が会ってる髭面のフランシスが居るだろ。あいつはフランスだ。フランスそのものだ」
私はぽかんと口を開けた。いや、この言葉に驚かない人が居れば見てみたいものだ。アーサーが? アーサーが、イギリスそのものだって? そういえば、髭で騙されていたがフランシスも歳を取っていなかった。それじゃあ、まさか、たまに来る末の弟だとかいうピーターくんも、それから、アルフレッドだとか、マシューだとかいう人たちも……みんな、本当は国? 国そのもの?
「え、アーサーは……イギリス? なんだよね?」
「ああ」
「なんで日本で……こんなところで、私とこんな……こんな、おままごとしてるの?」
なんだか頭の中が茹るように揺れて、勢いで言葉を発してしまった後、ああ、失敗したな、とちらりと思った。おままごと、という言葉にピクリと体を揺らしたアーサーが、傷ついたようにその綺麗な緑の瞳を揺らした。
だって、おままごとじゃなかったら、なんだって言うんだ。相手は国で、多分、ずっとずっと長くを生きてきて、これからもずっとずっと未来を生きていくんだ。その間、きっと彼らにとっては一瞬の間を私たちは生きて、死んでいく。そんな存在と恋人になんかなって、……そんなの、趣味の悪い遊びだ。私がアーサーが歳を取らないことに気づく前に、そっと別れでも告げるつもりだったのだろうか。
「誤解するな」
アーサーが鋭い声で私の動揺を刺した。少しだけ、すがるような調子が感じられた。
「俺は、お前とままごとをするために一緒に居たわけじゃない。……日本には、会議のために来たんだ。ああ、会議っていうのは――……いや、今はその説明はいいか。そこで、制服を着た乳臭いガキに出会ったんだよ。初対面の印象は最悪だったな。馬鹿そうな面して、大声で笑いながら俺にぶつかって……いや、突進してきやがった。手に持ってたスターバックスのコーヒーを俺のスーツにぶちまけて、周囲の女がサッと顔を青ざめてそそくさと去っていくのを茫然と見送ってたっけな」
「あれはジェイコブたちが薄情だったよねー……」
「……7年経ってからの衝撃の事実なんだが、お前あいつらのことそんなあだ名で呼んでたのか」
「私はミルクセーキって呼ばれてたよ」
「?????????? まあ、いい。震えて謝るジョシコウセイに無理に金を要求するつもりはなかった。俺は長く生きていたし、スーツはまだ汚れても許せるランクのものだったしな。でも、あまりにも震えて震えてもはや言葉も発せないほどビビりあがってる女を見て、こう、海賊時代を思い出したというか、まあ、なんだ、つまり、意地悪してみたくなってな……」
「え!? じゃあ、あの法外な金額は!?」
「あんなん嘘に決まってるだろ、ばか。それに、実際には徴収しなかったじゃねえか」
「えーっ、いたいけな女子高生を騙したってこと!? お金が払えないなら俺に付き合ってもらうぞって言われて、身体を汚す覚悟までしたのに!?」
アーサーは、ついこの前のことを思い出すみたいに朗らかに笑って語った。私と出会ったときのこと。初めて一緒に出掛けたときのこと。そのときの紅茶がまあまあ美味しかったこと。それから、ティーカップから出る湯気を通して見た私が、すごく魅力的に見えたこと。
聞いてるとなんだかお尻からむずむずしてきて、私はちょっと拗ねたように視線を斜め下へ投げた。
「お前なあ、俺がこんな長い間一緒にいる奴なんて、国の奴らを除くと秘書とお前ぐらいのもんだぞ」
私の顎をくすぐるように撫でて、アーサーが目尻を下げた。
「本当は、もう少し早く離れるつもりだったんだ。2年くらい遊んで、国に帰ろうと思ってた。お前といる間も、長期休みの出張とかで、国に帰って用事を済ませてた。……楽しくて仕方なくて、お前を手放すタイミングを失っちまったんだよ。できるなら、今後も俺の隣にいてほしい、って思ったんだ」
アーサーのこんなダサいところ、初めて見た。彼は子供っぽくて乱暴で、それなのに上品なところがあるアンバランスな人だったけれど、私の前でこんなに自分の感情を出すことはなかった。私はなんだか夢でも見ているような心地で、アーサーの告白を聞いていた。だって、なんだか、むずむずして、ニヤニヤするんだもん。
「…………俺は、本当にお前のことが好きだったんだ。でも、離れないといけなかった。本当は、7年も一緒にいたらいけなかったんだ」
「え? なんで?」
「お前、最近ジェイムズに会ったか?」
「ジェイコブのこと? 会ったけど……」
「そいつを見て、何か思わなかったか? 自分と比べて」
「……あ、歳取ったな、って思った。ジェイコブにも言われた。ミルクセーキ、なんか若々しいねって」
「それだ。それ、俺の影響だ。元々、俺が住む家や使う物は老朽化しにくい。俺が国だからだ。……長年一緒に居ると、人間にもこの影響が行くらしい。秘書は毎日毎日長時間一緒に居るわけじゃないが、お前はほぼ一日中一緒に居たから」
なんだ、若々しく居れるなら全然いいじゃん、と思ったことがバレてしまったらしく、アーサーは苦々しい顔をした。
「お前、ジェイコブとも、両親とも会うことができなくなるんだぞ。考えてもみろ、自分たちと同じ時間を生きない奴なんて奇妙に決まってるだろ。お前と一緒に、この先も過ごしていきたい。……でも、そんなことさせるわけにはいかないんだ。お前は、ふつうに歳を取って、そこらへんの奴と結婚して。ああ、俺を越えるいい奴じゃないと困るな。そいつと暖かい家庭を築いて、友人にも恵まれて……、そういう人生を、そういう、人生を、お前には、歩んでもらいたい……っ」
アーサーがバッと私から視線を外した。そうか。だって、私は、普通の家庭に生まれて。友達とバカ騒ぎして生きてきたけど。アーサーと生きていくってことは、私はその輪から外れるってことなんだ。老いていくみんなに話しかけることもできず、つらいことがあっても、悲しいことがあっても、人生のゴールなんてなくて、……。
「なあ、分かってくれるか。ここまで引き延ばしちまったことは謝る。……だから、俺たち、もう、」
「やだ」
「……お前な」
「やだって言ってるの。確かに、お母さんやお父さんに会えなくなるのは悲しいし、ジェイコブやケミストリーたちと遊べなくなるのも悲しい。それに、これから色々ある人生を満喫できないのは、すごく怖い。でも、アーサーが一緒に居てくれるなら。私、きっと笑って生きていけると思うよ。それに、……アーサーを越える人なんて、世界中探しても居ないもん。私、一生独身ってことになっちゃう」
アーサーは、私の言葉に確かに喜びを抱いたようだったが、それでも諦め悪く首を振った。あーあ、私が20代の若者だと思って馬鹿にしちゃってさ。確かに賢くはないけど、全部理解しているつもりだ。それでも、私はアーサーと一緒に生きて、いろいろなことを一緒に感じていきたい。だって、ジェイコブやケミストリーやミケランジェロが居なくたって、フランシスやピーターやアルフレッド、それにマシューが居るじゃない。あんなに面白くって楽しい人たちと話すことができるなら、それって全然悪いことじゃない。
まあ、とにかく。私が勢いで言ってるんじゃないってことを、彼のうるさい唇をふさぐことで分かってもらおうかな。