桜と一緒に墜ちる棪堂妹の話

「[FN:名前]〜戻ったぞ」
「………なん、で……」

焚石と用があるから出掛けてくるわ。戸締まりちゃんとしてろよ。そう言い残して出かけたやまとくんがボロボロにもかかわらず上機嫌で戻ってきた。


「…………」
「今日からここが桜ン家な。[FN:名前]と一緒だけどまぁお前らは知り合いだし大丈夫だろ」


同じくボロボロになった桜君を連れて。



━━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━━


「どういうことか説明して!!」
「どうもこうも、見たまんまだよ」
「見たまんまって………なんで桜君を連れてきたの」
「桜が自分でついてきたんだぜ?」

家に来てから一度も口を開かない桜君をリビングに残し、私は扉一枚挟んだ向こう側━━廊下━━にやまとくんを連れて出る。
なんでこうなってるのか、なんで桜君が居るのか、説明を求めても余裕そうに笑って答えるそれらはどれもしっくり来ない。

桜君が自分からついてきた?あの人達を、風鈴━━あの場所━━を自ら捨てて?

そんなのありえない。彼らほどではないがどれだけ桜君が風鈴やあの場所を、楡井君たちを大事にしていたのかわかる。
きっと、いやおそらくやまとくん━━兄━━が何かしたに違いない。

ギリッと奥歯を噛み、やまとくんを睨むもきょとんと目を丸くしたあとすぐににこにこした笑顔に変わり私の頭を撫でる。

「そんな怒んなって。言っとくがオレぁなにもしてねぇからな」
「嘘。そんなわけない!」
「たく。信用ねぇな」


面倒くさいのか、呆れてるのか、やれやれと言った感じで自分の癖毛をわしゃわしゃと掻き乱しため息を吐く。


「とにかく今は話す事なんざねぇよ。……いいのか?あのままだと桜が可哀想だ。傷の手当と世話してやれよ」
「世話って……やまとくんは?」
「オレはすぐ帰って焚石のために風呂沸かして飯作んねぇと。何かあったら連絡しろよ」
「まって━━!」

言いたい事だけを言って満足したのかひらりと後ろ手に家を出て行く背中に手を伸ばすも届く事なく、バタンと扉が音を立て閉まった。

こちらだって言いたい事はたくさんある、今から追いかけて引き留めることは可能だろう。
だが彼の言葉にも一理ある。早く傷の手当をしないと。はっきりとは見えなかったがやまとくんも酷かったように思うが同じかそれ以上に酷かった気がする。

気になる事だらけでも答えてくれる人は居なくなった。
諦めて桜君が待つリビングに戻り、救急箱を取りに行くためいまだにソファにも座らず突っ立ってる桜君の横を通り過ぎる。

やっぱりどこか様子が変だ。なんだかいつもの桜君じゃない………


「桜君、傷の手当するからソファ座ってもらえる?」
「………」
「ちょっと失礼するね」


声をかけても言葉どころか頷いたりといった行動さえも返ってこない。
恐る恐る手を取り優しく引いて、ソファに座らせる間も抵抗どころか何も反応がなく怖いぐらいだ。


「怪我、してるでしょ?このまま放置しとくとばい菌入っちゃうから先に汚れ落としてから消毒するね。ちょっと痛いかもしれないけど我慢してね」


戻る際に水で濡らしたタオルで傷の箇所をゆっくり押し当て汚れを落としていく。
少しずつ桜君の顔から砂や、血の塊がなくなるにつれ白いタオルが色を変え汚れていく様になんとも言えない気持ちになる。


拭かれてる間もひと言も発さず俯いたままの桜君。
何があったのか、聞きたい気持ちと聞いてはいけない思いがせめぎ合って結局私は後者を取った。聞くにしてもタイミングは今ではないだろう、なにより聞いてしまえば目の前の少年が壊れてしまう気がした。


「ちょっと痛いけど我慢してね」


タオルを机の上に置き、救急箱を開いてコットンに消毒液を染み込ませ顔に近付ける。なるべく痛くないよう気をつけながらタオルの時同様傷口にコットンを優しくとんとんと押し当てる

小さく声が漏れ、ときおり肩がピクリと跳ねる様子を見ながら手当を続ける。早く傷が治りますようにと願いを込めながら。








「はい、終わったよ。お風呂はどうする?入る?」
「……」
「………今日はもう疲れただろうし、もう寝る?」
「……」
「…怪我も少し酷いようだしお風呂は避けたほうがいいと思うから、もう休んだほうがいいんじゃないかな。部屋に案内するね。」

優しく手を握って軽く引っ張れば意思がなく私の動かすままに動く姿はまるで操り人形だ。強くて美しくて、儚いお人形。今すぐにでも壊れてしまいそうで怖い。


ゆっくりゆっくり歩いて私の部屋に連れていき、ベッドに座らせる。


「私の部屋でごめんね。急遽だったから何も用意出来てないの。明日には桜君の寝る場所用意しておくね」


俯いて動かない姿に胸がぎりぎりと痛む。苦しい。

こんな姿見ていたくない…


「何かあったら呼んでね。おやすみ、ゆっくり休んでね。」


最低な私はそんな姿の彼から目をそらし部屋から出る。



━━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━━


桜君と一緒に住み始めて数ヶ月が経つ。

少しだけ話してくれるようになったが前のような桜君とは何もかもが違った。

何かを守るために振るわれてきた“力”が、今では強さや強者など悪い意味でのほうで振るわれるようになった。

おしゃべりしてる時に見せてくれた、コロコロ変わる表情は今では“無”で笑う事もなくなった。

少しずつ少しずつ私の知る桜君が消えていくのが怖くて辛くて仕方ない、けどいまだに原因を聞けていないため何も出来ない。

タイミングを見計らって桜君に聞こうとするもその度やまとくんに邪魔をされるか、やまとくんに連れられて“手伝い”に向かい夜も会うことも出来ず何日も帰って来ないときもあって、タイミングを逃し続けズルズルと今日まで来てしまった。

やまとくんは嬉しそうに矢さんや桜君に話しかけて、二人の好きな食べ物を買い与えて、望む事をしている。

これがいいのか悪いのか。わからないほどバカじゃないが、何も出来ない自分が歯痒くて情けない。






「いい加減話して」
「まァたその話かよ、お前も飽きねぇよな」


このままじゃ駄目だと。覚悟を決め桜君がやまとくんの用事で矢さんと家を開けてる間にやまとくんを近くのファミレスに呼び出した。
理由はもちろん未だにされていない説明を聞くためだ。


「あんなので納得出来ない!それに見ててわからない?今の桜君は私達の知ってる桜君じゃない…」
「“私達の知ってる桜君”、ね…………」


机に頬杖をついて退屈そうにこちらを見る目は何かを言いたげにすっと細められた。少しの冷たさを含んで。


「なら聞くが[FN:名前]お前、桜の事どういう風に見えてる?」
「どう風って、前とは違って、」
「あーちげぇちげぇ。オレが言いたいのは前の桜と比べてじゃなくて桜自身の話だ。お前から見て桜はどんな奴だ?」

やまとくんの言葉の意図は分からないが、質問に対する答えならたくさん浮かぶ。

私から見た桜君がどんな人かなんて…

「誰よりも優しくて暖かくて…強い人だよ」
「プッ。……ハハッ!あーお前もそうか、オッケーオッケーわかったよ!」

なにがおかしいのか急に笑いだしたやまとくんは、ヒィヒィ言いながら机に伏せて笑い続けている。
兄ながら少しイラッとしたが、やまとくんの様子を見るからにきっと私は“バカ”な回答をしたのだろう。

「笑わないで」
「悪い悪い、まさかお前も風鈴のヤツらみたいな事言うとは思わなくてよ」
「それの何が悪いの!桜君は本当に━━」
「だったら」
「!」
「お前は桜のなにを知ってんだ?」


ぴりっと空気が張り詰める。
身体がうまく動かせない。まるで何かが身体に巻き付き動きを封じてるかのように。指一本さえ動いてくれない。
目も一瞬でも逸したら首元に噛みつかれて噛み殺されそうで逸らすこともできない。
それほどまでにこちらを睨むやまとくんの目が、雰囲気が冷たくて重たい。

息が詰まりそうだ。


「お前の知ってる桜はあそこで周りの奴らに感化されて作り替えられた桜だろ?オレにはわかんだよ。アイツは周りに人がいたら駄目だ」
「そ、んな、事…ない…」
「あるんだよ」

やっとの思いで吐き出せた言葉もスパッと斬られる。でも引くわけにはいかない。ここで引いたらダメだ

「………ないよ、見てたらわかる。桜君ほど英雄━━ヒーロー━━って言葉が似合う人はいない!桜君の居場所はここじゃない。お願い、桜君を彼らのもとに戻してあげて」


昔からやまとくんは優しかったけどどこか怖かった。だからついて来いと言われた時も、家族を捨てる事になった時一度だけ遠まわしに断った事がある。
今みたいに冷たく見つめられながら、じわじわと首元を締め付けられ機能を停止するように甘くてドロっとした毒を体内に流し込まれた。やがて流し込まれた毒は考える事を放置して彼の望みどおりの私が完成する。


「戻す、ね。お前はいいのか?桜をアイツらに戻しても」
「なんで私にいいか聞くの?」
「だってお前、桜に惚れてんだろ」


ドクンと心臓が音を立て嫌な汗が流れる。
なんで。いつから、気づかれていた?


「だったらなに?それが今なんの関係があるの?」
「関係あるだろ。桜がアイツらのもとに戻ったらもう会えなくなるぜ?いいのか?」
「いい、よ…別に。私は桜君が居たい場所で幸せに笑ってくれてたらそれで、」
「感心しねぇな」


充分と続くはずの言葉は遮られる。


「、え」
「嘘ぐらいわかんだよ。お兄ちゃんの事あんま舐めんなよ」
「嘘なんて、私は本当に思ってることを言ってるだけで」


何が嘘だって言うの。何も嘘の事なんてない、全部本当に思ってることなのに。

思ってること、………なのに。


「だーかーらそれが嘘だって言ってんだよ。オレが気づいてないとでも思ってたのか?バレバレだったぜ」


あれでバレてないと思ってたのかよ、[FN:名前]は相変わらずカワイイな!大丈夫かよ、そんなんで。変なヤツに騙されないかお兄ちゃん心配になる


大袈裟に身振り手振りで心配だなんだと嘆くふりをするやまとくんをただ見つめていると深海を写した仄暗さを潜ませた瞳と視線と交われば、ゾクリと冷たい何かが背中を伝い身震いをした。それに気づいたのだろう。机越しにいつの間にか肌の色を覆い尽くすように掘られたタトゥー塗れの手が伸ばされる。

優しく頬を撫でながら、流れるように横髪を耳にかけ、そして優しく優しく流し込むのだ。毒を。


「知らないふりしてんならあえて言ってやるよ。オレは優しいからな」     

本当は羨ましかったんだろ?桜の周りにいるアイツらのことが、桜の目に映るヤツらの事が。お前は何をしてもそばにいれない。

お前の知る桜は今の桜でも本当は違うんだろ?オレが言った一人で暴れて、暗く深く沈む桜だろ?

わかるぜ。気持ちは。だって光のもとになんか居たら遠い背中がもっと遠くになっちまうし、いつか手どころか姿さえ見えない場所まで行かれちまう。嫌だよな、ただでさえ遠くて焦がれてるってのにそれ以上離れていくのは。変わっていかれるのはよ。

でもその心配ももうしなくていいぜ。桜はもう遠くになんて行かねぇし行けねぇからよ。

これからはお前が桜の居場所の理由になってやれ。


あぁ、聞いてはいけないのに。
次から次への流し込まれる毒はやっぱり思考を停止させる。じんわりと身体を侵食される感覚はなれないのに、何故かいつも心が軽くなる。



























━━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━━



桜君と住み始めてさらに二年と言う月日が流れた。

この二年という月日は私にとって長く感じたが彼にとってはどうだったんだろ。
一緒に住み始めた頃、何度も聞こえた魘されている声。
朝になれば何もない風を装いやまとくんに頼まれた用事を片付けに行って夜になればまた魘され、いつしか目の下には濃いクマが出来始めるそんな日々が一年続いた。

魘されなくなったのは一年を少し過ぎた時、やまとくんの下僕とも手下とも言える男らに進められて飲み始めたお酒と吸い始めたタバコの影響だろう。
最初は断っていた彼も眠れない日々に嫌気が差したのかいい加減疲れてきたのか、その時はたまたまそういう気分だったのか何も言わず最初はお酒に口をつけた。

当たり前に度数の高いアルコールで噎せたあと、耐性のない身体に流し込んだせいで急激に酔いが回ったのだろう。胃の中のものを吐き出し倒れた。

次の日。目が覚めた桜君が不快そうに眉根に皺を寄せ二度と飲まないと宣言したが、普段の寝起きの表情や顔色よりどこかスッキリとしていた。

その日から少しずつ笑うようになり、避けていたお酒を少しずつ気まぐれに飲み、慣れ始めた身体が次に求めたのはタバコで。

これもまた最初煙を吸い込むときにうまく行かず噎せたがやり方を教えてもらい少しずつ吸い方を覚えたのか吸わないと宣言することもなく吸い始めた。

こんなに人は変わるもなのか。環境が彼を変えたのか。お酒とタバコが当たり前になり、いつしか抱き合う時にしていた彼の柔軟剤と砂埃や血の匂いはタバコの独特な臭いに覆い尽くされ、キスする時もタバコの苦味やお酒の匂いがするようになった。


今もそうだ。ベランダから入る風に乗って彼が愛用するタバコのにおいにで目を覚ます。
おたがいの体液で濡れてヨゴレたシーツの上で身体を起こす。ベッドや床下に散らばる桜君と私の服に視線をよこし、近くにあった大きめなシャツを拝借する事にした。


「…………」


カーテンが風によってふわりと靡く向こう側で、柵に寄りかかり外を見ながらタバコを吸う後ろ姿にゆっくり近づく。


「おはよ、桜君」
「ん。身体つらくねぇか?」
「うん 大丈夫だよ」


横に並び見上げ慣れた横顔を見つめる。シャワーを浴びたのか普段は片方だけ掻きあげられてる髪はおろされていて、タバコを咥えながら視線を一瞬私に寄越し口元を釣り上げ笑う姿は昔の彼と変わってないようで変わった。

どんな光を浴びてもきらきらと輝いていた二色の宝石は輝きを失い濁った色になり、光を浴びても輝かなくなった。

ズキンと痛む胸に気づかないふりをして左半身にもたれかかる。


「煙いだろ。中入ってろ」
「平気。もう慣れたよ」


そう、慣れた。慣れてしまった。このにおいに。
彼の中にある何かを発散させるように喧嘩をして、お酒を飲んで、タバコを吸ってを繰り返し落ちる様に眠る。


1年前に一度だけ喧嘩での高揚感と、お酒でもタバコでも発散されなかったものの行き場を“欲”と言う形で私にぶつけた事がある。それが私と彼の初めての男女の営みだった。

お互い初めてということもあって、手探りでコトを進めた。桜君は行為の存在自体をふわりとしか知らず、私も経験がなく詳しく知ってるわけじゃないから学校で習ったことを思い出し、間違いもありながらようやく“セックス”と言う形になり、ムードも何もない明々としたリビングでお互い獣のように求めあった。今思い出しても恥ずかしいし黒歴史だ。

初体験から月に片手ぐらいの頻度で桜君は私を求め、私も桜君を受け入れた。ただ勘違いしてはいけないのは桜君に気持ちがあるわけじゃない。聞いてないからわからないけど。きっとそこを明確にしてしまえばこの2年はあっけなく崩れ桜君は私の側から居なくなるだろう。

風鈴━━彼ら━━の前から居なくなったように。


それがたまらなく怖い。やっと手に入れた桜君の隣。
例え甘酸っぱい幸せな形じゃなくても、私が望んで手放したくない立ち位置。

これでいい。これがいいの。

ツンと痛む鼻の奥とじんわり熱を持つ目頭、視界は滲み水の膜が張るのがわかる。

「桜君、煙が目に入って痛い……」
「は!?大丈夫かよ。だから中に入ってろって言っただろ」


私の嘘にまんまと騙される君が好き。大好き。愛してる。
少し焦りながら携帯灰皿にタバコを押し込んで火を消せば、私の目を覗き込む。


「少し赤いな。目洗うぞ」


軽々と私をお姫様抱っこする桜君にきゅんと胸が締め付けられ、顔が赤くなる。
見られないように顔を桜君の首元に押し当て隠すがバレていたのか、喉奥で笑う振動が伝わる。


「あんま煽ってくんじゃねぇよ、抱くぞ」
「…バカ!朝から何言ってるの!」


真っ赤な顔で睨みつけても彼には効果はなく。
口角を上げながら笑い、顔を近づけてくれば、ちゅっちゅと触れるだけのキスをされる。


「ん…っ…ちょっと、桜君、!」
「……今日の予定ないだろ。明日までオレにくれ」
「…………優しくしてくれるならいいよ」
「あぁ。ちゃんと優しくしてやる」


ぎゅっと肩と膝裏に回された手に力が込め、言葉を告げる桜君はどこか悲しげに笑っていたから何も言えなくなった。

きっと桜君は桜君で思うことがあるのだろう。 
少し寂しく思うと同時に、言葉にしない桜君に甘える。

ゆっくりゆっくり洗面台に向かう足取りはまるでゆりかごようで、再び眠気が手招きをする。
そっと目を閉じて彼胸辺りに耳を押し当てる。

とくとくと微かに聞こえる心音。

「桜君………」
「どうした?」
「やっぱり優しくしなくていいから、桜君の好きなように動いてね」
「くく。わかった。途中で泣いてもやめないからな、激しくても意識飛ばすなよ」
「飛ばさないよ」


優しい君は今までだって私を手酷く抱いた事なんてないから。
大切なものに触れるように抱く君の特別だと自惚れる唯一の時間だから。


あとがきも書けます。あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわをん