喪失する恐怖を拭い去って
…夢、だったのね。
目が覚めて体を起こすと、まどろみの中で本を持って眠っているヒースの姿が映った。ずっと、側にいてくれたというのだろうか。兄さん達と離れた今でも、こうして私を想ってくれている人がいる。自意識過剰でもいい。ただ、その事実が嬉しくて、私はヒースの手に腕を伸ばした。
「ありがとう、ヒース」
「……名前…?」
寝ぼけ眼でこちらを見て口にした名前は、今の不安定な状態の私にはあまりに衝撃的だった。兄さんのような優しい口調。
「……っ…!」
思わずヒースの手を取ると、彼の持っていた本がごとりと床に落ちる音が部屋に響いた。
先ほどの夢は、何を暗示したものだったのだろう。私が取り戻したかった、あの日常は二度と訪れないというのに。ロイド兄さんの代わりにヒースを、ということなのか。‘あの人’は、私をどうしたいのだろう。
ヒースは私の突然の行動に驚きながらも、優しく頭に手を乗せてくれた。
「たとえ彼らと別れることがあっても、あなたの想い出には永遠に生き続けます」
「それでも、想い出はいずれ忘れゆく…。いつか、薄れてしまう記憶なのよ?」
「記憶が途切れても、彼らとの想い出が消えていっても、あなたが彼らの家族であることは変わりない事実なのでしょう?」
ヒースは、興奮する私を優しく冷静に諭してくれた。喜びと悲しみの果ては、どこに続くのだろう。この戦いが終わったら、私はどうすれば――?
「ごめんなさい、ヒース…私…」
「そんなに謝らないで下さい。名前さんは一つだって俺に謝るようなことはしてないんですから」
私が彼から離れると、ヒースの優しい瞳と視線がぶつかった。
わかっているんだ。彼の優しさに甘えてしまったら、兄さんの時と同じだ。また失ってしまう気がする。怖くて、それが怖くて遠ざけようと思ったのに。
立ち上がって背を向けて、部屋を出て行こうとするヒースが、このままいなくなってしまうような気がして。
「ヒース……!」
「……!名前さん?」
ヒースはひどく困惑しているようだった。それもそのはずだ。目が覚めていきなり手を握られて、その後に後ろから抱きしめられたりなんかしたら困るに決まっている。
「……俺は、あなたの側からいなくなったりしません。約束します」
ですから、泣かないで下さい。あなたは笑顔の方がお似合いです。
そう言ってヒースは震える私の手を握ってくれた。
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