手放しで君を信じている
それは、私とて自覚していたことだ。
黒い牙とのことだって、結局彼らにはまだ話していない。全てを話してしまえば、彼らがロイド兄さんと本気で戦えなくなってしまうだろうと思ったからだ。もしそんな事態が起こったら取り返しがつかないことに成り兼ねない。
それにライナス兄さんとの約束を守るためにも、私はネルガルを倒しに行かなくてはならないのだ。しかし兄さんのことを、他人や敵だと思えば思うほど色んなモノが思い出されてしまう。
(光のある未来に生きるって決めたのに、どうしてこう暇があると思い出に浸ってしまうのかしら)
私の口元に現れたのは自嘲的な笑みだった。自分だけで抱え込むのが辛くて誰かに話したくなって、ヒースに言ってしまった。ルセアに話して、これ以上 被害者 を増やすことには抵抗があったというのに。
「今度、ね?必ず、話すから」
私はただ臆病だったのだ。兄さんを失うことも嫌で、かといってこの軍の皆を失うことも怖くて。自分が、どうすれば良いかわからなかった。いや、そう言って被害者ぶって、現実から目を背けていた。
ロイド兄さんも、ライナス兄さんも、私のことを理解し、一心に考えてくれたのに、私は彼らの心を理解できている気になっていただけだった。
だからこうして今、後悔という大きな波が押し寄せてきている。だがもう逃げられない。私はこの波に、自分から立ち向かわなければならないのだ。辛いことは出来るだけ自分達が受けもって、私に辛い思いをさせないようにしていた兄を救うことが出来る、最後のチャンスなのだから。
「リン、あなたは自分の信念を貫いて」
「え…?」
「時に妥協が必要な時もある。けれど、今はそういう時期ではないから」
私の信念?
そんなものが最初からあっただろうか。
昔から意見は兄さん任せで、今でもあの人に翻弄されて意思が変わる。たまに自分が何を思って行動しているのかがわからなくなることもあり、まるで体が勝手に動いているような錯覚に陥ることもあった。
「それじゃあ、また明日」
リンは始終よくわからない、という表情をしていたが、質問を投げかけられるのが嫌だったので、私は一方的に話を終わらせて彼女と別れた。そして向かう先は、自室ではなくある人の部屋だった。
扉を叩くと中からそれに応じる声がするので、そっと扉を開けると部屋の主が姿を見せた。
「やはり、来ると思っていたよ」
「あなたにはお見通しでしたか、パント様」
「敬語は使わなくてもいいと言っただろう?君もまた、エトルリアの貴族生まれなんだから」
「出生のことは言わないで下さい」
パント様と初めて会って、その時に言われた一言が、私の意思を更に翻弄させた。
『久しぶりだね、お嬢様』
私の生まれが貴族ということはおそらくこの人とルイーズ様以外には知られていない。ルセアも、兄さんでさえも知らないであろう。
「さて、今日は何を話しに来たのかな?あいにくルイーズは今外していて、僕しかいないんだけれど」
きっと、この人は私のことを全て知っている。そう思わせるほどの強い視線であった。しかし知っていて他人に公言しない辺り、充分に教養を持っているということが窺える。
「パント様は私に質問することでいつもご自分の見解と事実との照らし合わせをなさっていますね」
「これはこれは…君も、私の考えはお見通し…なのかな?」
降参だ、とばかりに両手を挙げた。残念ながら、彼の研究にはかなり私に関する情報が盛り込まれている。パント様が私に興味を抱かないわけがないのだが。
「どうして私に興味をお持ちに?」
「カナスが闇魔法を使う時、君の中から隠しきれない気持ちが溢れていたんだよ。それで、ね」
闇魔法。
これは私の全てと言っても過言ではない程に私の体を蝕んでいた。
カナスさんがミィルやルナを使う様子を食い入るように見つめていたことに気付くのは、いつも戦闘が終わった後。
「そう…ですか」
「大丈夫。皆は大して気にしていないようだから。ああ、カナスは除いてね。あと…」
「あと…?」
「ほら、司祭の…名前は何だったかな。彼も結構気にしていたような気がするよ。確か君と仲が良かったね」
まさかと嫌な予感がした。パント様が言うのは間違いなくルセアのことだろうが、彼がこのことに気付かないように自分なりに気を使っていたのに、やはり本能というものは隠しきれないのだろうか。
「その様子だと、彼には言ってないようだね」
「…」
動揺から視線を泳がせると、パント様は神妙な面持ちで私に問い掛けた。
「どうして彼に言わないんだい?」
「……パント様にも決まって私から申し上げたことはありません」
ルセアは生まれつき体調が優れない。
そんな彼に、私にまつわるこの秘密について話してしまえば、それは多少の皮肉を秘める言葉となってしまう。
それによって大好きな親友を傷つけることが嫌だった。
「そうだね。でも僕は99.9%そう思ってるよ。残りの0.1%を証明するためにこれからも君のこと、しっかり見ておくから」
「あくまでも研究対象、ですか」
「…君は僕がそんな冷酷な人間に見えるのかな?」
参ったな、とパント様は苦笑いで頭を掻いた。一方の私は、悩みが一つ増えて頭を抱えたかった。
ルセアには最後まで言わないでおきたかった。しかし彼のことだから自ら調べて知る、という可能性も大いにある。
「それでは、失礼します」
「ああ、うん」
パント様は暇があれば、しきりに何か考えているようだった。
当時はわからなかったが、それが子どもの名前だということがわかるのは後の話。
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