享受する以外に選択肢はない
「やっぱり納得いかねえ」
「ヘクトル…さっき散々話し合ったじゃないか」
「わかってんのか?黒い牙はお前のおじさんを、レイラを殺して、ニニアンとニルスを狙ってる!」
「わかってる、わかってるさ…だが、その事件と名前は何も関係ないだろ」
ヘクトルがひどくイライラしていて、僕にもそれが移ってきた気がしたが、僕まで冷静さを欠いてしまえば彼を止められない。
「しかも、何で名前も話そうとしねえんだよ。そこが気にくわねえ。エリウッド、お前だって親父さんを…」
「父はネルガルにやられたんだ。……それに考えてもみてほしい。もしヘクトルが彼女の立場だったなら、君はウーゼル様を自ら手にかけなければならない状況にあるんだ」
「…んなの、わかってる」
名前はおそらく誰かのために兄を倒すという、この苦渋の決断を下したのだと思う。相変わらず彼女の性格や思考が読み取れないから確証は得られないが。
「少し時間がかかっても、名前の気持ちの整理が必要だと思う」
「…エリウッドは甘すぎだ」
ヘクトルが部屋を出ていくのを見て僕はホッとした。こればかりは何とも言えない。自分の父親の命を奪った組織であるのは確かだが、彼女がそれに関与しているという雰囲気が微塵も感じられないのはある意味不思議だ。
「……」
僕はぽつりとため息を吐いて、気持ちを落ち着かせるため目をゆっくり閉じ、椅子に深く座った。
私は自室に戻って休むことにした。
戻るまでの廊下でカナスさんに会って、そんな顔をなさるなんて名前さんらしくないですね。と言われた。
「私らしいって、何かしら」
最近は考えることがあまりに多く、自分を偽ることすらままならない。すぐにでも話してしまいそうなほど余裕がなかった。
「私はこんなに脆い人間だったのね」
もちろんこの機会に自分を見直すことが出来たと言えばその通りなのだが、それにしてはあまりにも様々なことが一気に起きてしまって対応がついていかない。
兄さんのこと、あの人のこと、それから―
リンはああ言っていたけれど、実際のところはやはり答えは出なかった。何度考えてもやはりヒースとルセアを同じ天秤にかけることは出来ない。
ルセアなしでは今の私はいない。彼と出会ったことで私はとても変わった。ルセアの慈悲深い心や優しい声…それは年月が経ったあの時から変わらず私を支えてくれている。
ヒースと過ごした日々はリンよりもずっと短い。それでも、こんなにたくさんの自分をさらけ出してしまった。しかし彼は責めることもなく聞いてくれた。ヒースの隣はとても安心するし、心地好い。
もし、この内のどちらかしか選べないなんて状況が起きたら、なんてことを考える時もあったが、そんなことはそうそう起きるものではないので、私はすっかり安心していた。
そう、あの時まで。
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