運命という名の鎖に固く繋がれて
黒い牙にいた時、私の相談相手といえば専らロイド兄さんだったが、他にももう一人いた。決して嘘を付かず、いつでも自分に正直な、ウハイだ。
彼は私や兄さん達よりも随分と大人で、尊敬するところがたくさんあった。また、サカ生まれということもあり、彼の故郷の話を聞いて遠いサカに期待を寄せることもあった。
ウハイは兄さん達と違って、相談すると決まって自分の意見を述べてくれた。私はいつも悩むとウハイの意見を聞いて、道を選んできた。
最期の時だって、ウハイは私達の道しるべを示してくれた。そういうところが彼らしくて、今でも私は彼を本当に尊敬している。
ヒースの瞳も、いつ見てもウハイと同じで真っ直ぐで、その視線に嘘偽りはなかった。
「俺はもう行く。お二人さん、ちゃんと帰ってこいよ」
ラガルトは片手を挙げて去っていった。彼なりに気持ちを整理をつけたんだか、それとも私達に気を使ったのかはわからなかったが、彼の背中はいつもより寂しげだった。
「ヒース、」
「はい」
「もう敬語はやめにしてほしいの」
「…なぜ、ですか?」
理由が必要だろうかと思ったが、ヒースの目が至って真剣だったので私も濁さず、真面目に答えることにした。
「あなたが私に敬意を表してくれるのは嬉しいわ。でも、あまりそうされるの…好きじゃ、ないから」
「それは……すまなかった」
「一応言っておくけど、ルセアは例外。あの人は昔からあれだから」
そんな気がする、とヒースは少し微笑みを見せてくれた。それに安心したのか、涙が溢れてきた。
「名前…?」
こんなにも辛いのは、なぜなのだろう。
ライナス兄さんにもう会えないから?
いや、違う。彼らと別れることは薄々気付いていたし、今日のことで確信を持った。兄さんの死が悲しくないわけがない。
でも、この気持ちはそんな悲しみではなかった。もっと内なる、私の心が泣いている。
「ヒース…」
名を呼ぶと、心配そうな表情が目に入った。そして、彼の指が私の目尻の涙を優しく拭った。
「俺は、君の兄さんの代わりにはなれない。だが、俺に出来ることなら何でもする。だから、泣かないでほしい」
「貴方を兄さん達の代わりなんて…そんな風に…思えないわ…」
だって、あなたはあなたでしょう?誰にも代えることの出来ない存在なの。それは軍の皆にとっても、私にとっても。
「すまない…そういうつもりではなかったんだ…」
そう、彼は誰にも置き換えられない。私の大事な大事な人。なのに、私は彼との未来を望むことは許されない。これは運命なのだ。もう決まりきっている、宿命。
「…名前、どうして君は…そうして全てに絶望したような表情をするんだ?」
涙は既に止まっていた。視線を上げ、ヒースの顔を見た。空は紫色に変わり、星が輝き始めていた。
絶望、それとは違うかもしれないが、私は確かにこの人生が充実していると思ったことはあまりない。あの事実を知ってからは尚更のこと。あまつさえ自らの意思を持つことすらも面倒になったこともある。
「運命には、逆らえないものなのよ…」
「俺は…運命も未来も、自分で切り開いていくものだと思う」
ヒースは遠い空に目を馳せていた。あちらの方角には何があるんだろう。彼の故郷、ベルンだろうか。そう考えてまた悲しくなった。
「一人では立ち向かうことが出来なくても、今の君には仲間がたくさんいる。だからきっと……」
そんな説教が聞きたいんじゃない。私は耳を塞ぎたかった。ヒースが私のことを案じて意見してくれているのは痛いほどわかる。しかし、今の私にはもはや運命に逆らう力は残っていなかった。
「ヒースは、戦いが終わったらベルンに戻るのでしょう?」
彼の言葉を遮って、問い掛けた。視線を合わせると、ヒースは自分の言葉を遮られたことに少し驚いていたが、その表情も一瞬で変わった。
「それは、俺の運命か?」
突き刺さるような視線だった。どうやらヒースは私の発言に怒っているようだ。なぜかはわからない。私は、当たり前のことを言っているだけなのに。
「確かにベルンに戻る気はある。だが、まだ決めてはいない。俺の未来を、運命として勝手に決め付けないでほしい」
私は愕然とした。ヒースが怒ることも珍しかったのだが、そこではなく、運命として決め付ける という一つの言葉が私の脳内をぐるぐると回っていた。
私は知らず知らずのうちに、人の未来を奪っていたのか。もしかしてライナス兄さんも、私が諦めたから…?私が、兄さんを殺したの?
恐ろしくなった。
体が震えて、腰が抜けた。
私は運命に従って兄さんを殺した。
次はロイド兄さんを私が、殺すの?
運命という首謀者の元、それに従うの?
「名前?」
運命という甘言に乗せられて、私は生きてきた。いや、運命だから仕方ない。そうして、全てを諦めてきたのか。
自分の行動が蘇ってくる。あの時も、あの時も、私は運命に逆らうことなく、何も疑うことなくただそれを全うしていた。そう、まるでネルガルとリムステラの関係のように。
「…ヒース……わたし……わたし……どうすれば……ライナス兄さんも……ロイド兄さんも……わたしが……」
「落ち着け、名前」
ヒースはへたりこんだ私の元に駆け寄り、手を握ってくれた。自分でもわかるくらい震えている。リムステラは、私自身なのではないか。私の分身が、自らの手で兄さんを殺した。それはもはや私であり、あの時兄さんからエーギルを取った感触が私の手に残っている気がした。
「たすけて」
それが私の発した、救いを求める声だった。
1/40
prev next△