復活の兆し
ルセアは何も聞いてこなかった。もちろん、エリウッドやリンも然り。ラガルトの姿を目で探したが、お目当ての薄紫色の長髪は見つからなかった。話すことは大してないが元黒い牙という理由からか、彼と空気を共有したかった。
すっかり暗くなった夜空には、憎らしいくらいに煌々と星が輝いていた。不意に立ち止まって空を見た私の視線を追い、ルセアも同じ様に上空を見上げた。
「綺麗な星空ですね」
ルセアの言葉に、返答はしなかった。彼もそれは求めていなかった、というか期待はしていなかったようで反応は無かった。
エリウッド達は私に一言声を掛けたあと、すぐに中に入ったため今はルセアと二人きりになってしまった。
「名前さん…何かありましたら、おっしゃって下さい。私に出来ることでしたら、力になります」
彼の言う何かとは何を指しているのだろうか。兄さんの死?それとも、これからのこと?それとも――
いや、深く考えれば考えるほど自分が追い詰められるだけだ。
「…ありがとう、」
一先ず感謝を述べて置いたものの、それは中身のない空っぽの言葉だった。もう兄さんのことを引きずってはいけない。次の戦いに切り替えなくては、と私は自分を鼓舞した。
「ルセア、もう休んで。あなたも疲れているだろうから」
これからは黒い牙との戦いが込んでくるだろう。私にもそれなりの覚悟が必要だったのでもう少し自分の気持ちを整理することが必要だった。
遠回しに一人にしてほしいということを伝えると、彼は心配そうな視線を向けたながら、ゆっくりお休みになって下さいね。と言って背を向けた。
シンプルな村の宿舎の廊下に、大きめの花瓶がぽつりと置かれていた。その中には背の低い花が一輪挿してあったが花瓶と釣り合いがとれておらず、苦しそうに天井をあおいでいた。
私は花を抜き、花瓶の中を覗いた。水はほとんど入っていなかった。つまり、この花はつい最近入れられたものだ。あまりに釣り合わない両者に少し考え、私は自室に戻って小さなコップを手に取り、湖へ向かった。
コップを水で半分満たし、その中に花を挿した。そして宿舎に戻り、花瓶の隣に置いた。その花は頭を重そうに垂れていたが水を吸って少しずつ輝きを取り戻していた。
「…良かったね」
この花は昔の自分に似ているかもしれない。そう、まるで生きる気力をなくした私をロイド兄さんが助けてくれた時のようだ。だからこそ明日になって枯れてなければいいけれど。と、小さな願掛けをして再び湖の方へと向かった。
湖の水面は、満月を映していた。
風で時折歪んだり、ゆらゆらと揺れたりとその形は様々だった。腰を下ろし、そばにあった石を投げ入れると、その丸い波紋が月を揺らした。
兄さんと戦うことに抵抗を感じるかなんて、そんなものは愚問だ。兄を倒さなければ先に進めないなんてシナリオを、誰が考え付くだろうか。ロイド兄さんとの直接対決はもはや避けられない。一人の命と世界の平和を天秤にかけて出る答えが一つしかないことは、周知の事実だった。
ネルガルに付き従うこと――彼が、それは父さんの意思だと自身に思いこませていること――が間違っているということくらいは分かっているはずだ。そこまで意思が固いと、もはや話し合いでは解決できない。
涙は出てこなかった。むしろ自分の中には不思議な感情が渦巻いていた。
(リムステラを、助けたい)
彼女はモルフと呼ばれるネルガルに作られた“人形”だ。しかし、私にそうは思えなかった。どこか人間を思わせる言動があの時にはあったのだ。
エフィデルのように人を卑下するだけの感情があるわけでもなく、かといっ[_FS_AU_SEP_]て人に慈悲をかけるような感情があるわけでもないのだが、現に彼女は私の命を奪うことはおろか攻撃さえしなかった。ネルガルの力をつけるためには“エーギル”と呼ばれる、人間からしか取れない力のようなものが必要なはずなのに。
リムステラは兄さんの命を奪った。その事実は変わりようのないものではあるが、彼女の命を奪ったところで兄さんは返ってこない。憎しみからの復讐からは、悲しみと虚しさしか生まれない。
ネルガルに縛られない世界を、彼女に教えてあげたい。いつか、彼女の笑顔や泣き顔、様々な表情が見てみたい。
(モルフとて、生きてることには変わりないわ)
新たな黒い牙は、リムステラと共に作っていこう。私は自分の中に密かに誓いを立てた。しかし残念ながらこの考えは一人では成し得ない。誰かの協力が必要不可欠なのだ。ヒースに言うことは簡単だが、彼をこれ以上巻き込みたくなかったので出来れば避けたい。ルセアも然り。
(と、なれば……)
嫌々ながらもきっと私の考えをわかってくれるであろう元同胞、そして寡黙な草原の民が私の脳に浮かんだ。
時間はまだある。リムステラとの対戦が近付いたら、また考えることにしよう。
一つの決意を胸に、私は湖に背を向け歩きだした。
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