いたずらに光るその奥が見る景色は
「こんばんは、」
「名前さん、こんばんは。すみません、そういえば私、挨拶もせずにいたのですね……ありがとうございます。この軍の一員として迎えて下さって」
「いえ……あの、カナスさんにお願いがあるんです。聞いて頂けますか?」
もちろんですよ、あ、少し待ってください。今片付けますね、散らかっているので…とカナスさんは魔導書や研究レポートなどを積み重ね始めた。目の前に落ちていたものを拾い渡そうとして、その題名に目を見張った。
「八神将…ブラミモンドについて…?」
「はい、彼は素晴らしい闇魔法の使い手ですからね。私も研究を進めているのですが…やはり、難しいです」
彼の手に渡ったレポートを目で追うと、カナスさんが私に微笑みかけた。まさかと思って疑念の目を向けると、彼は一息ついてから私に一言、謝罪の言葉を述べた。
「まさか、知っているのですか」
「はい、すみません」
「……いえ……ただ、他言はしないで下さい」
了承の意を受け取ったものの、私の頭は多少混乱していた。これでは自分の出生を誰もが知ってしまうかもしれない。そんな恐ろしい気持ちが私を支配した。
何も言葉を発しないことを疑問に思ったのかカナスさんが声をかけてきた。
そこで我に返って、ここに来た意味を思い出した。リムステラのことを、話さなくてはならない。
「私は、黒い牙に所属している……リムステラという人物を助けたいんです。力を貸して頂けるでしょうか」
「……と、言いますと?」
カナスさんの片眼鏡がいたずらに光った。どこぞの公爵と同じく彼も研究熱心なのだろう。恐らく私がリムステラを説得することが出来たら、モルフの研究をしたいと思っているに違いない。
ため息をつきたい気持ちを抑えて、彼に計画の一部始終を話すことにした。
「カナスさんにリムステラを倒した振りをしてもらい、すぐに私が強力な睡眠魔法をかけます。もちろん、エリウッド達には気付かれないように」
「そういうことならば勿論、力をお貸ししますよ」
「ありがとうございます…!」
カナスさんに礼を告げ彼の天幕を出ようとしたが、やはり気になるのはあのレポートの中身で。私は振り返って彼に尋ねた。
「パント様にお聞きになったのですか?」
「それも…少しあります。彼は私よりずっと研究を重ねていらっしゃいますからね」
カナスさんはレポートと書籍を片付ける手を動かしたまま答えた。どうやら私の見解はさほど間違っていなかったようだ。あの気まぐれ貴族にも後で口止めをして置こう、そんなことを考えながら私は天幕を後にした。
「雪?」
「うん、しかも遠距離魔法を使ってくる人が何人かいるよ」
これは厄介だとばかりにヘクトルは頭を掻いた。雪に足を取られ、尚且つ魔法まで避けて進軍しなくてはならない。更に、偵察に行ってきたフィオーラの話を聞くと、スタンバイしている敵の数はそう多くないということだ。つまり、増援がくるということ。
「ちっ…めんどくせぇな。どうするよ、名前?」
「……遠距離の魔法に関しては地道に回復して進軍するわ。増援がどんな敵で、何を装備しているかが分からないから打撃力のある人も出撃メンバーに入れないと」
構想を練りながら、私はメンバーの選考に試行錯誤した。雪が降っているということもあり、その最終決断に何度も躊躇いを見せたが今ようやく決定を下した。
「そうね、これで行きましょう」
「じゃあ僕達は皆を招集して状況を話してくる。行こう、ヘクトル」
「ああ」
敵将はケネス。
彼についてはエリミーヌ教の司祭がネルガルの力に魅せられて黒い牙についたという噂を聞いたことがある。ウルスラ、ケネス、ジュルメ……彼らはネルガルの力の脆さを知らない。だからこうして私達の前に立ちはだかろうとするのだ。
ウハイは私達の実力を甘く見ていたと言った。人は、彼らを“自らの力に過信しその末に敗れる愚か者”と思うかもしれない。
しかし、それは私達にも言えることなのだ。結果の全てが、勝敗が地位を確立していく。その間の苦悩や葛藤を抜きにして。だから、負けられない。
数多の犠牲を出しながらも、黒い牙は我々に立ち向かってきている。その誠意を私は無駄には出来ない。そのためにも必ず、平穏な日々を取り戻さなくてはならない。
たとえ、私がその後の世界に不要な人物だとしても。
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