すべてのはじまり





ふう、と白い息を吐いて空を見上げた。先ほどから降り出した雪はすっかり上がり、今では綺麗な星空が顔を出している。

数年前の冬にもこの空と同じような満天の星空の下でロイド兄さんから星座を教えてもらったことを、ふと思い出した。きっと星空も星座も、あの頃のようにのんびりと共に見ることは金輪際二度と出来ないだろう。今更後悔しても仕方ないが、当時は興味がなかった星座の話も、もう少しきちんと聞いておくべきだったかもしれない。

そんなことをぼんやり考えていると、背後に人の気配を感じたが、大して危険な雰囲気は纏っていなかったので、警戒は不要なようだった。

「名前さん」
「ああ、ルセアね…」
「どうか、なさったのですか?」
「いいえ…大丈夫よ。ルセアこそ、いつもありがとう。私がこうしていられるのも……あなたのお陰よ」

この優しい瞳の奥に秘められた思いを、私は知っている。今まで一人きりで抱えてきた彼の苦悩も悲哀も、痛みも。
自らが誰よりも心に傷を負っているというのに、自分のことよりも他人を思いやる彼を見ていると、心が締め付けられた。
できることなら、私がルセアの痛みを替わってあげたいと思うほどに。

「いえ、そんな…私の方こそ…」
「…そういえばルセアは……確か兄さん達に会ったこと、あるわよね?」
「ええ、あの時に……」

あの時。それは、私がルセアのいた孤児院を離れる時を指す。彼と兄さんが会ったのは単なる数分に過ぎなかったが、それでも黒い牙以外で兄さんに会ったことがある人はこの軍ではほとんどいない。数少ない、兄さんとの思い出を語れる存在なのだ。


まだ私も幼く、同年代の友人が欲しいと考えていた。そして山賊退治のため滞在していた村で、孤児院の庭のベンチに腰掛けている彼を見かけたのだ。もちろん、当時は彼の受けていた傷も、何も知らなかった。
それは幸いだったのか、それとも否だったのかということは今になってはもうわからない。


「あの…」
「……」
「あ、あの!」
「…私…ですか?」

それが、私達の始まりだった。ルセアは様々な分野に関して物知りで、私に何でも教えてくれた。自分が少し魔法を使えること、また私にもその素質があるかもしれないということを。
お互いの事情もあったため私達はすぐに仲良くなり、山賊の討伐が終わるまでの期間私は何度も孤児院に足を運んだ。

「これが魔道書…ね」
「はい。光魔法の魔道書です」
「私には…合わなそう…」
「そうですか…?ですが魔法は理と闇、まだ二種類あるのできっと名前さんに合うものがあると思いますよ」

ルセアにライトニングを手渡されたが、私には何の感覚も起きなかった。この後私が彼の言葉を思い出して、自ら闇魔法使いへの道を切り開いていくことになるのだが、以降光魔法に触れることはなかった。

私には魔法やらの知識は皆無だったので、今までの兄さんや父さん、仲間の話をするとルセアもそれを真摯に、時に楽しそうに話を聞いてくれていた。今思えば、私の家族の話を彼が心底楽しんで聞ける訳がない。まさか、私は無意識で彼の心を傷付けていたのだろうか。当時は私も彼も若かったからとはいえ、非常に心苦しいことだ。

「それで、またライナス兄さんが…」
「ふふ、仲良しなんですね」
「私はロイド兄さんの方がずっといい!ライナス兄さんはすぐ叩いてくるし…」

黒い牙は、山賊の討伐など目的達成後には次の土地へと向かう。私達には当然別れが来た。中々別れの言葉を切り出せない私に、ロイド兄さんが付いて来ると言ってくれた。父さん達は少し離れた、村を出る道筋の途中に止まってくれていた。ライナス兄さんは孤児院の近くで待っている。

「ルセア…その、わたし…」
「どうかしたのですか?」
「もう、行かないと…いけないの」
「…そう、ですか…」

この時、一緒に行こうと言えば何かが変わったのだろうか。それとも、時は既に遅かったのだろうか。このことに関して、私は彼と再会してから何度も自問を繰り返したが、答えは出なかった。

「おい名前、そろそろ行くぞ!」
「妹が世話になったな」
「また、会えるよね?」
「もちろんですよ」

私はライナス兄さんの呼び声と、ロイド兄さんに促されて彼にさよならの挨拶をした。思えばあの時のルセアの表情は、ひどく寂し気なものだったかもしれない。





「懐かしいわね…あの時から、何年経ったのかしら?」
「少なくとも10年は経ちましたか…」
「ロイド兄さんがあの後言っていたけれど、ルセアのこと男だと分かっていたみたいよ」
「そう…でしたか……さすがは名前さんのお兄さんですね」

ルセアは柔和な笑みを浮かべた。私も連られて微笑み返した。きっと彼は、私が重大な秘密を抱えていることなど知らないだろう。しかし、それでいいのだ。彼が苦しむ理由など、もうどこにもない。

「…寒さも厳しくなるから、風邪を引かないように気をつけて」
「はい、ありがとうございます。名前さんもお気をつけ下さい」

そう言って、私は彼と別れた。明日はとうとうケネスとの対戦だ。私は天幕に戻って戦術の最終確認を始めることにした。




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