思い出は絶対に裏切らない





「名前さん!」
「ルセア、心配かけてごめんなさい」
「いえ、ご無事で何よりです」
「エリウッド達は中に?」
「はい」

今から入って行っても仕方がない上、私のような平民とは無縁の話をしているだろう。ふらりと皆の様子を見て回っていると、ある人物が見当たらないことに気付いた。

「オズイン」
「はい、名前様」
「マシューとセーラは?」
「あちらに」

彼が差したのは町外れの教会だった。私がそこに向かって足を進めると急ぎ足のセーラと擦れ違ったのだが、彼女は私に何も言わず去って行った。
これは何かあったに違いない。私は残っているであろうマシューの元へと向かった。

「ここにいたのね」
「ああ、名前さんですか」

マシューは教会の裏にある花壇の近くのベンチに腰掛けていた。私は恐らく先程までセーラがいたであろう隣に座り、事の真相を問合せた。

「…そういや、若様が少しお怒りでしたよ。どこ行ったんだって」
「ヘクトルには迷惑かけたわね。でももう平気よ」
「やっぱり味方は二の次で、まずは黒い牙、ってことですか?」

恋人を奪われた彼が、黒い牙を憎むのは当たり前のことだと頭では判っていた。私にとって牙は家族だったし、家だった。しかしその事実がこのような形で突き付けられると、少し切なかった。

「ジャファルを生かしているからそんなことを言うのね」
「そんなことって…!レイラは、あいつに殺されたんですよ!」
「判ってるわ。それなら言わせて貰うけど、私の家族を奪ったのは貴方の仲間よ」

ウハイ、ライナス兄さん。
彼らの最期の顔はどんなものだっただろう。思い出そうと思っても、自分がすっかりその記憶に鍵を掛けてしまったようで思い出せなかった。
私の発言に言葉を失うマシューを横目で見ながらジャファルのことを考えた。彼はきっと変わったに違いない。暗殺者はあんな目で人間を見ないはずだ。彼は、しっかりと自分の意思を持つ人間だった。

「でもね、マシュー」
「……」
「傷ついた人の心を癒せるのは、やはり人だけなのよ」
「…何が言いたいんですか?」

レイラを忘れろ、とは言わない。私だって兄さん達のことを忘れたくはないし、そのつもりはない。だが、素敵な思い出といえど記憶の中のものだ。いくら大切で、かけがえのないことだったとしても、いつかは忘れてしまう時が来る。

「あなたにも、守りたい人がいるでしょう?その人を……決して失ってはいけないわ」
「……やっぱり名前さんは変わった人ですね」
「どうして?」
「正直、若様以来ですよ。俺が付いて行こうと思ったのは」

そう言われて、悪い気持ちはしなかった。だが、今の私には本気で彼らを従えるような器量はない気がする。いつか裏切ってしまうのではないか、兄さんに仲間にならないかと言われたら――など、様々な不安が頭を過ぎる。

「ありがとう、マシュー」

それじゃあ俺は行きますね。ふて腐れてるあいつの機嫌とらないといけないんで、と彼は去って行った。笑顔で見送ってから、私は一人になった。

(一人になって考えることなんて、ね)

なぜ、私は皆と違うんだろう。
私も短い人生の一日一日を楽しく生きて行きたいのに、そんなことすら叶わないなんて、神様はどうしてこんなにも不公平なんだろう。

寒い、と思って空を仰ぐと、雨が降ってきていた。それにすら今気が付いた程だ。どれだけ自分は茫然としていたのだろう、と自嘲的な笑みを漏らした。花壇に咲き誇るコスモスの花弁から、涙のように雫がぽつりと落ちた。

そして、ふと体に当たる雨粒の感覚がなくなったと思ったら、背後に気配がした。声の主なんて顔を見なくとも分かった。こんなところまでわざわざ私を迎えに来てくれる人なんて、彼以外考えられない。

「何をしているんだ?風邪、引くぞ」
「……どうして、」
「オズインさんに聞いて、教会の方へ行ったと言われた」

彼の方を向くと、私に振りかかる雨を遮っていたのはハイペリオンの翼だった。ありがとう、と優しく撫でてやると小さな声を出して瞬きをした。

「ごめんなさい、心配かけて」
「戻ろう」
「そう…ね」

マシューには綺麗事を言ってしまったかもしれない。兄さん達の埋め合わせをヒースに求めても、失ってしまった深い傷は決して癒えることはない。もちろんその悲しみを二人で分け合うことは出来ても、彼が私の気持ちを100%理解出来るわけでもないし、完全に葬り去ることも出来ない。

「名前?」
「…今行くわ」

失われた命は、二度と戻らない。
それがわかっているからこそ、私はマシューにあの言葉を掛けたのかもしれないと思い始めた。彼らの面影を追っても何にもならないということを、教えたかったのか。それとも、別の何かをマシューに気付いてほしかったのか。頭が混乱してきて、判らなくなってきた。




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