いつまでも忘れない





「名前!」
「リン…」
「大丈夫?」
「ええ。ソーニャには仲間意識も感じないわ。安心して」

突然消える床は私の戦術を円滑には進ませなかった。何度か仲間が置き去りになりヒースの足を延ばしてもらうことになったが、他には目立った問題は見当たらなかった。ドラゴンナイトやペガサスナイトの攻撃にも対応しソーニャのサンダーストームを切れさせて、私は彼女の玉座の前へと降り立った。

「ソーニャ」
「私に刃向かうと言うの?」
「黒い牙を壊した貴女を、私は決して許さないし、許せない」

眉間を寄せてソーニャは私を睨みつけた。今の私には脅しも情けも通用しないほど感情がパンクしていた。兄さんやウハイと私とを決裂させたのも、父さんを死に追いやったのも、全てが目の前にいるソーニャが原因かと思うとどうしても許せなかった。

「名前、まだ下らないことを言ってるようね。新しい世に生き残れるのは、私のように価値ある人間だけよ」
「ここで、お別れね」

私の魔法は、ソーニャの体を貫通した。玉座から崩れ落ちる彼女を視界の端に入れながら、まだこの力を使いこなせないのか私の足もふらついた。

「名前さん!」
「ルセア…大丈夫よ、私は…」

それよりも必ず、ソーニャが討たれたと言うのならリムステラがこの近くに現れるはず。私はその時を待っていた。もう一度、しっかりと話をするために。
エリウッドやヘクトル達は、ニノに付いて行って古い牙の団員であるヤンさんに会っているようだった。私も顔を見せたかったが、状況がそう良くはない。一刻も早くリムステラを見つけなくてはならなかった。

「誰を捜しているんだ?」
「…!ヒース…」
「君は俺にまだ重要な何かを隠しているだろう。そうとしか思えない」
「……それは」

ヒースには絶対に言わないと心に決めていたのに、何故彼を目の前にするとその決心がこんなにも揺らいでしまうのだろう。
彼の真っ直ぐな瞳を見ていると、何もかも洗いざらい話してしまいたくなる。そんな時、見慣れた紫色の長髪が見えた。

「ラガルト!」
「ん…?どうしたよ。俺に用か?」
「あの事、ヒースに話して」
「……そんなの自分で話せよ。俺の口から言うようなことじゃないさ」

これは牙時代によく言われた台詞だ。ひらひら手を振って背を向ける彼を見て、昔を思い出した。私はウハイとラガルトにばかり相談を持ち掛けていたので、ライナス兄さんに何度か怒られたことがある。いい加減自分で話せ、とロイド兄さんに呆れられたこともある。

「ヒース、私……」

リムステラを助けたい。間を置きながらそう口にすると、彼は驚いた表情を見せた。しかし私を問い詰めることも、咎めることもしなかった。
こんな彼の優しさは時に私を苦しめる。私に命を預けているのだ、という実感を感じずにはいられない。

「俺は…君が何を考えてその結論を出したのかは聞かない。ただ、一つ教えてほしい」
「……何?」
「なぜ今まで黙っていたんだ?」
「それは、」

貴方を助けたかったから。そんな下劣な言葉を彼に放つことは出来なかった。では、ラガルトやラスは良かったの?苦しめても、問題は無かったの?自責の念が私を襲った。

「いや…いい。君のことだから、俺のことを思ってくれたんだろう?」
「ごめんなさい、ありがとう…ヒース」
「構わない。気にするな」

ヒースに促され、私は歩みを進めた。一度振り返り、水の神殿を見たが私の望む人物の影は無かった。次に会うのは本当に戦場になってしまいそうだ、そんなことを考えて立ち止まっていた私は、踵を返して彼の元へと走った。

次は、誰との対戦が待ち受けているのだろう。こんなに黒い牙の幹部との戦いが続くということは、いずれ私の大好きなあの人とも剣を交えることとなるに違いない。

ヘレーネ王妃の助力を受けて、私達は封印の神殿へと向かった。神殿が見えてきたところで、私は一人道を逸れ別の方向へと進んだ。この暗さならば、きっと一番前を行くヘクトル達にも気付かれない。
黒い牙の包囲網はまだ広がっていないようで、私は迂回して神殿へと迫った。

「……来たか」
「そのうち、当たると思ってたわ」
「あの時からだな、お前と会うのは」
「ライナス兄さんを…兄さんを討ったのは私の仲間でもないの」

何を言っても、聞く耳を持ってくれないということは長年彼を見てきて知っていた。この瞳は、本気の眼差しだった。
尋常ではない殺気が漂う中、この場所だけは何かが違う気がした。思えばソーニャの時と同じ、家族の暖かみだったのかもしれない。

「…それを俺に信じさせるために来たのか?」
「そんな訳、ないじゃない。伝えたいことがあったのよ……ニノは今、私の軍にいる」
「そうか…名前、ニノを頼むぞ」
「ええ、ジャファルに伝えておくわ」

彼の名を出した瞬間兄さんは怪訝な表情を見せたが、それ以上追及してこなかった。私は父さんのことを伝えなくてはならず、その旨を話した。兄さんは少し間を置いてから、そうか。とだけ言って私を真っ直ぐ見た。

それは、もう話し掛けないでくれと懇願するような瞳だった。私とて兄さんを傷付けることはしたくない。だが、こればかりは最早どうしようもなかった。

「兄さん、今までありがとう」

いつだって、この人だけは私を信じてくれた。味方でいてくれた。そんな私の大事な人を自らの手で討ちに行くなんて、本当に皮肉に満ちた世界だ。
私はそんなことを考えながら、兄さんと抱擁を交わした。この匂いを、感触を、体温を、刻み付けるように。

「それじゃあ、私はもう行くわ」
「……ああ」
「兄さんとの約束、絶対に守るから」





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