夢と現実の違いはあまりにも大きく





名残惜しいのはお互い同じだった。次の日には、兄妹を越えた憎むべき敵同士となってしまう。私も彼も、この時を一時も長く感じていたかった。
しかし、時間というのはあっという間に過ぎてしまうもので、ふと気付くと後ろから私の名前呼ぶ声が耳に入った。

「名前さん」
「……ルセア…!」

兄さんと会うことはヘクトル達にはもちろん、彼にも言ったつもりは無かった。それでも危険を押してここまで来てくれる、そんな優しさが今は痛いほどに暖かく感じた。

「…お前は…孤児院の…」
「はい、お久しぶりです…」
「そうか…それなら安心だな。名前を、頼むぞ」
「…その言葉は…私ではなく…」

ルセアが後ろに視線を遣ると、月の明かりで森の中にぼうっと人物が浮かんだ。それだけで誰だか判断出来てしまうなんて、私は一体どれ程の時間を共有してしまったのだろう。言うまでもなく、それはやはり彼だった。

「ヒース…」
「名前、ヘクトルさん達が戦の準備をすると言って探していた」
「俺の前に現れるということは…そうか、さてはお前、ライナスと会ったのか」
「ああ…会った」

私の立ち位置から、ヒースと兄さんの両方を同時に視界にいれることは出来なかったため、お互いがどんな視線を交えて会話をしているのかが判らなかった。しかしルセアの表情を見る限り、さほど心配にも及ばないようだったので安心した。

「…ならば俺がとやかく言う理由はないな」
「……」

兄さんは私の隣を通り過ぎてヒースの方へと歩み寄った。何をするのかと少し体が強張ったが、二人は会話を交わしているだけのようだった。
私は振り返って二人を見つめた。ヒースは頷いて、兄さんの言葉に応えていた。

「名前、」
「何…?」
「幸せになれよ」

こんなに優しい笑顔で私の未来を願ってくれる兄が敵将だなんて苛酷な結末を、一体誰が決めたのだろう。
私は名残惜しい気持ちを抑えて兄さんにさよならを告げた。



決戦の前夜、私は夢を見た。幸せな、幸せな夢だった。家族が笑っている夢だった。父さん、ライナス兄さん、ロイド兄さん、ウハイ、ラガルト…私の大好きな皆がいる暖かい日常の夢だった。
黒い牙は、私の全てだった。
実の親に捨てられて、町の人に避けられて山賊に襲われそうになって、生きることに失望していた私に愛をくれたのが、紛れもなく黒い牙の皆だった。



「名前…泣いてるの…?」
「リン……いいえ、私なら平気よ。心配しないで。兄さ…ロイドの気持ちは変わらない。説得は、不可能だから」
「そうね…。必ず勝ちましょう!」
「ええ、期待してるわ」

もう朝になってしまった。どうやら兄さんと会っていたことは他の人にはバレていないようだった。安心混じりの息をふうっと吐き出しながら、私は綿密に計画を練っていた。
その時いっそ黒い牙として寝返ってしまおうかと何度も考えたが、気を使っていつ何時笑顔を絶やさない軍の皆のことを考えると、そんなことが出来るわけも無かった。私は空しい気持ちを抑えて、立てた計画を皆に伝えた。




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