失われた灯火は二度と戻らない
それからはあっという間だった。戦いが終盤になったからか敵の増援が沸いてくるように多かったが、それも皆の力で無事に乗り越えることが出来た。そして彼のいる神殿に近づくにつれ私は心を落ち着かせ、来たる戦いに備えた。
「兄ちゃんなら、話せばわかるよ……きっと、わかってくれる…!」
「ニノ!危険すぎるわ…」
「でも…!名前だって、わかるでしょ?どうして?」
「…兄さんが頑固だということは知っているでしょう?簡単に気持ちは変わらない」
二度と、戻れない。説得させようとするニノの気持ちは痛いほど分かったが、ここまで来たら実行するしか方法は無かった。
そうなれば、不合理な世界を憎めば良い。兄を救えなかった私を憎めば良い。彼女の悲しみと怒りは、黒い牙の姉である私が必ず受け止めてみせる。
「ロイド兄ちゃ…嫌だ…あたし…」
「泣くな、ニノ。おまえは前を向いて生きろ。…俺を倒して、前に進むんだ。」
「ニノ…下がって」
人には守るべきものがあること、そんな大切なことを教えてくれた兄さんを、守れなかった。
自責の念を感じるのは私だけで良い。わざわざニノ自身に辛い思いをさせる必要はないし、兄さんも望んでいないだろう。自分の決断は自分で背負っていかなければならない。
「…行くわよ、兄さん」
「来い。お前の実力を…俺にぶつけてみろ」
私の魔法は自分の中の、兄さんを助けたい思いと世界の平和への思いの葛藤のせいで上手く制御できず、暴走してしまった。そして次の瞬間、恐ろしいほどの闇が兄さんを目掛けて放たれた。
「……待たせたな。今…やっと……」
「…兄…さん…っ…!」
残されたたった一人の家族の命の灯が、今消えた。
もっと、わがままを言っておけば良かった。兄さんの色々な表情を見ておけば良かった。思えば私は、ウハイの時もライナス兄さんの時も、いつだって後悔ばかりだった。
「……兄…さ…」
涙が溢れた。止まらなかった。黒い牙は、私の帰る唯一の場所、たった一つの家だった。どうして、こんな形で家族と再会することになってしまったのだろう。
彼らと必ず再会するために今まで生きてきたはずだったのに、最早それは一生叶わぬ思いとなってしまった。
家族からの暖かい言葉も、もう聞けない。父さんが私の頭を撫でてくれることも、ライナス兄さんと喧嘩することも、ロイド兄さんと散歩することも、ウハイに相談を持ち掛けることも、もう無くなってしまった。
おかえり、と優しく迎えてくれる家族は徐々に闇の力に蝕まれていった。せっかく会えたのに、その再会すらいつの間にか砂のようにさらさらと私の手を擦り抜けていた。
遠くでエリウッドとリンの会話が聞こえたが、どうやら私を気遣って話しかけるのを躊躇っているようだった。それは今の私には少し有り難かった。黒い牙と相対する彼らに慰められても、酷い八つ当たりをしてしまいそうだったからだ。
「名前…!」
「リン、今の彼女の心を癒す術を…僕らは持ち合わせていないよ」
「エリウッド……」
ロイド兄さんとの悲しい再会は非常に重くのしかかった。いっそ会わなければ良かったと何度思ったことだろう。ましてや不穏な闇が背後に気付かなかった彼ではない。既に私の存在はネルガルに知られているというのに、何を今更庇うことがあろうか。
『お前の兄貴でいられて、俺もライナスも幸せだった』
そんなこと、言わないで。なぜ?なぜ兄さんを討たなければならないの?どうして――
そんな自問も虚しく、答えが返ってくることはなかった。いや、これからも永遠にない。
自分の命が尽きて私に姿が見えなくなろうとも、優しい兄さんのことだから、きっと傍にいてくれるだろう。私が黒い牙を抜けた時から再会するあの時まで、兄さん達と会うことはなかった。それでも一人で放浪する間、どこかで生きている兄さんと父さんと再会する日を夢見て、希望を捨てずに生きてこられた。
しかし今は違う。失った命は、もう二度と戻らない。兄さんの優しい声も聞けない、笑顔も見られない、そんな世界には何の光も無かった。
「兄、さん」
『お前は生きろ。俺とライナス、それから親父の分まで』
「どうして…」
『……判ったな』
「どうして……っ…!」
膝の力が抜けて玉座に崩れ落ちた私に手を差し延べてくれたのは、彼だった。いつだってこうして優しい言葉で私を支えてくれた。しかし、彼と兄さんは違う。
愛してる、と言ってくれた兄さんの代わりは、もう誰もいない。誰にも替えることの出来ない、大切な人だった。
「…ロイド…兄さ……」
私は、彼に感謝の気持ちを伝えられただろうか。私の兄でいてくれてありがとう、とそう言えただろうか。
敵になっても変わらない笑顔を向けてくれたこと、私の幸せを願ってくれたこと。たくさんの優しさに、恩返しを出来ただろうか。
「名前…」
「…ヒース……私は…私は必ず…この世界を、救ってみせる…」
「ああ、そうだな……俺も、君が笑ってくれる世界を作りたい」
どうして私の周りにはこんなに優しい人ばかりいるんだろう。そして大切と思った愛しい人ばかり失ってしまうのは何故なのだろう。だからこそ彼だけは絶対に失えない。何があっても、必ず。
「平気…なのか?」
「ええ、私には向き合うべきものがあるの……それを、兄さんに示さないと……リーダス家の名が廃るわ」
「そうか…ならば行こう。次なる場所へ」
再び私に手を差し延べてくれた、この人を守ろう。私は兄さん達から貰った指輪に誓った。兄さんがいなくなってもまた日は昇る。私はこの目に美しい日々を映すことが出来る限り、戦おう。
(さよなら、兄さん)
兄さんとの思い出はこの場所で終わりを告げてしまったけれど、この場所こそが、兄さんとの記憶。ありがとう、ロイド・リーダス。
(兄として人間として、あなたのことが大好きでした)
私は新たな決意を胸に、次なる戦いへと意識を向けた。二度と会えなくても、彼らは私の心にいる。誇れる家族がいる。それだけで力になる、そんな気がした。
1/40
prev next△