人形は人形なのか?
アトス様と別れ一人で物思いに耽っていると、背後に気配を感じた。頻繁に訪れるヒースやルセアとはまた違う人物であった。
「ニルス…?」
「……僕…どうしたら良いのかな…」
「私のところに来たのは…何故?」
「…名前は…何度も苦しかったのに…僕は…僕は…」
ニニアンは彼の姉だった。
彼女はこの軍に所属する人間によって命を奪われ、また私の兄達や友人も同じ運命を辿っていた。ニルスの「何度も苦しかった」という言葉がそのことを指しているのは明確であったが、私には自分と彼が同じ境遇とは思えなかった。
「貴方は…エリウッドを憎んでいる?」
「……わからない…」
「私はこの軍の人達を憎むことは出来ない。たとえ私の友人を、兄の命を奪っても」
「どうしたら僕は…そんなに強くなれるのかな…」
ニルスは俯いて弱音を吐いた。涙は見えなかったが、心の空模様は嵐に違いない。私は彼の気持ちが誰よりも理解出来る。実際、私の兄を失った悲しみとシンクロするように、彼が姉を失った悲しみは手にとるように感情が理解出来た。それでも、何かが違うようなそんな気持ちを抱いた。
「ニルス、無理は良くないわよ。辛いときは誰かに頼らないと…。貴方の笛の音を楽しみにしているのは、私だけではないのだから」
「…名前……僕は……」
「私はあなたが思っているより強く無いわ。誰かに頼らないと…生きていけない」
「え…?名前は誰に…」
その時、このオスティア城に敵が攻め入ってきたとの情報が私の耳に飛び込んできた。ニルスの言葉を宙ぶらりんにしたまま私は急いでヘクトル達の元へと向かった。
「名前、おまえが頼りだ!なにか策をくれ!いくらかの間もたせれば近くの砦から援軍が来るはずだ!」
「ええ、直ぐに考えるわ」
相手は間違いなくモルフだった。全員が同じような顔をしていて、それはリムステラにも良く似ているように思えた。
しかし、リムステラには彼らとは大いに異なる点がある。自分で判断し私を生かしたこと。そして、少なからず感情を持っていること。
「ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている…。ネルガル様からの……」
デニングという名の敵は同じ言葉を永遠に繰り返していた。
これこそが本来のモルフなのかもしれない。ネルガルに忠実に従い、教えられた通りの言葉を一字一句正確に話し、与えられた使命を淡々とこなす人形。
「リムステラは…」
彼女は私の話を聞いてくれ、ソーニャを好いていなかった。間違いなく感情があったのだ。
もしかしたらデニングも、長い時を生きれば同じように感情を得てくれるかもしれない。人形ではなく、人間として私に話しかけてくれるかもしれない。
私の中にはそんな淡い期待があった。
「弓兵が多いですね…」
「ええ、くれぐれも銀の弓のスナイパーには気をつけて」
ルセアのことはレイヴァンに任せれば平気だろう。きっと親友のことは彼が守ってくれるはずだ。
私が今すべきことは何か。
もちろん軍師として策を立てることであるのだがそれ以上にモルフのことについて興味があり、すっかり本来の役目を忘れていた。
「名前、戦略は立てたか?」
「今…考えているわ」
「……黒い牙のことで頭が一杯になるかもしれないが、君はこの軍の指揮官だ。それだけは忘れないでくれ」
「…そう…ね」
ヒースの顔をまともに見ることは出来なかった。
判っている と口では言ったものの、私の中ではリキア同盟軍の軍師としてではなく、元黒い牙として生きたい思いが強くなっていた。
「行きましょう。弓兵が多いけれど、皆でお互いを守りながら進軍すれば問題無いわ」
「ああ、任しとけ!オスティアは俺が必ず守る!」
出撃メンバーに位置を指示し、戦いが始まったところで私は再び思慮に耽った。デニングのところにたどり着くにはまだ時間がかかる。
それまでに何か手立てを考えようと躍起になっていた。
「ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で、お前たちを待っている…。ネルガル様からの伝言を……」
「なんだ…?こいつ…」
「…!」
迂闊だった。私は敵将が自ら近寄ってくるなんて考えもしていなかったのだ。しかしヘクトルが驚いているのはそこではなく、デニングが発した言葉であろう。
「デニング…!」
「ネルガル様からの伝言を伝えます。私は【魔の島】で……」
何度話しかけても効果は全く無く、寧ろ心を砕かれたような感じだった。モルフといえど、デニングとリムステラでは大いに内面が異なっていた。
私の方を見ているようで見ていない金色の双瞳の奥をいくら覗こうとしても、感情が感じられなかった。
「……モル…フ…」
私は恐ろしくて背を向けてその場を離れた。デニングはきっと仲間が倒してくれるだろう。
一方の私は、この現実を改めて見て彼らを救う決意を砕かれそうになった。リムステラも対峙した際には私のことをデニングのような冷たい目で見るのだろうか。
『どんなに否定されようと、私は貴女の道を信じます』
それでも、私は彼女の心を信じよう。彼が私を想ってくれるのと同じように、私が信じることで何かが伝わるはずだ。
信じる心は目に見えない。そんな不確定な言葉を信頼して人は裏切られ、裏切る。そして傷付く。その輪廻が下らない人間の欲から生まれ、止まることがないと判ってもきっと人は人を信じる。
私も所詮はそんな生き物なのだ。誰かに裏切られても、また別の人間を信じられる。それを単細胞だと笑う人がいるかもしれないが、そんなの一向に構わない。再び誰かを信じることが出来るのだから。
「名前、平気かい?」
「パント様…」
「あれがモルフ…ネルガルが作った、人形だ」
「…わかっています」
君ならそう言うと思ったよと彼は笑った。確かに不安には駆られたが、私は立ち止まってはいられないのだ。ただ、ひたすら走り続けることしか出来ない。ここに来るまでに失った命の数々を、無駄にしないために。
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