人形との対峙、深淵の力





「皆が待ってるわ…行きましょう」
「返事はどんなものでもいい。ただ、何も告げずに消えることだけは……」
「……」
「いや、少し押し付けがましかったな……すまない」

彼の愛の言葉は、私の心に深く刻まれた。私は必ずしも誰かに愛されたいのではなかった。間違いなく彼に愛されることを望んでいたはずなのに、今になって恐怖を感じていた。

「あの…」
「…君を困らせたくはないんだ。あまり…気にしないでくれ」
「答えは、必ず出すわ。約束するから…待っていて」
「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しい」

そう言って優しく微笑むヒースを見て、彼と過ごした思い出、彼の暖かい体温と感触、優しい微笑み――それらを全て否定しているような気がしてちくりと胸が痛んだ。

「さあ、行こう」
「ええ…そう、ね」

ふわりと風に揺れる緑色の髪を追いかけた。そしてその先にはハイペリオンが待っていた。
彼の竜に乗り、遺跡に戻るとヘクトル達がアトス様と共に体制を整えているところだった。

「おい名前、何処行ったかと思ったぜ」
「ごめんなさい。ちょっと用事が…」
「いいよ、ヘクトル様。さっきの話だけど……」

それはニルスとニニアンの過去の話であった。彼らが過ごしていた世界、人間との話、ここに来たいきさつ……途中からであったが、彼の気持ちは少しわかった。

私もひとりぼっちだ。

きっと、老いてゆく皆を見送って一人生きていくのだろう。世代が変わるのを、幾度見届けるのだろう。

「名前、どうかしたの?」
「ああ…いえ。ニルスの話で…少し、考え込んでしまって」
「確かにそうね…。ニルスの気持ちを考えても、勝つしかないわ!」
「ええ、最後の戦い…頑張りましょう!」

それはリンに向けてというよりは“立ち止まってはいけない”と自分に言い聞かせるような言葉だった。
そして私達はアトス様からアルマーズ、デュランダル、アーリアル、ソール・カティを受け取った。
これで全てを終わらせる。悲しみの連鎖も断ち切ることが出来る。
私はそんな気持ちを込めて、ルセアにアーリアルを渡した。

「まさかこれは…エリミーヌ様のアーリアルですか?」

「ルセア…私は、貴方がいなければここまでは来られなかった。ただ、最後だけ…もう一度だけ、力を貸してほしいの」

「勿論ですよ。私は名前さんに付いていくと誓いましたから」

ありがとう、と頭を下げるとルセアはそれを必死で止めた。思えば私は彼にたくさんの思い出を貰ったのに、何も返せていない。
ましてやネルガルを討てなんて、彼には言いたくなかった。

「私なら平気です」
「ルセア……」
「ですから、任せて下さい」
「ごめんなさい…本当に、ありがとう…」

そして私達はマリナスさんと別れ、ネルガルの待っているであろう先へと進んだ。
そこでは案の定ネルガルが待ち受けており、先に向かっていたヘクトルやエリウッドと激しい口論を展開していた。

「貴様らも、ここで死骸になれ。この私のために。よみがえるがいい、私のしもべたちよ!」

その言葉と共に現れたのは、私の大好きな、大好きな人達だった。どんなに逢いたいと願っても叶うはずのない相手だった。

「兄…さん……」
「私の作品に感銘を受けてくれたようだな。それとも、見覚えのある顔でも見つけたか?」
「ラウス候に…黒い牙の連中…。何のつもりだ、ネルガル!」

こんな形での再会なんて、望んでいなかった。無表情の兄さん。まるでそれは人形のようにある一点をしきりに見つめていた。
本物の兄さんなら、私に気付いて微笑みかけてくれるはずだ。“遅くなってすまないな”と髪を優しく撫でてくれるはずだ。

「嘘の家族なんて、ただ虚しいだけよ。私には何の効果もない!」
「貴様の正体は分かっているぞ、名前。一人きりの世界から救い上げてくれたのは、紛れもなく私のしもべたちだろう…?」
『ネルガル…古き良き友の教えを無視したために自らが滅びる。そんなことも判らぬようになったか』

私の口から、思いがけない言葉がすらすらと出てきた。恐らくこれはブラミモンド様の言葉だろう。
息を飲む仲間と相反してネルガルの表情が一瞬歪むのが目に入った。

「名前という器に隠れる貴様に言われる筋合いはない」
『……愚かな…』
「それでは…貴様らのお手並みを拝見しようか」

そう言ってネルガルとモルフ達は消えた。そして私の体からふっと何かが抜けた感触がした。おそらくブラミモンド様が私から離脱したのであろう。しかし自我を持たないはずのあの方が、なぜ今更になってネルガルに説教をしたのか私には謎だった。

「……ウハイ…」

初めに現れたのはケネスとウハイと数体のモルフだった。どうして、こんな形でしか会うことが出来ないのだろう。いつだって優しい微笑みを浮かべ、時には厳しかったウハイのモルフが冷たい目でこちらを見ていた。

「名前、相手は強化されているわ!気をつけて!」
「…貴方は、本物のウハイではないのでしょう…?」
「……」

私の問いかけには何も答えなかった。表情ひとつ変えず、血色の悪い彼の顔が淡々と私を見ていた。ただ、その瞳が少しだけ揺れたのは気のせいなのだろうか。私の考えすぎなのだろうか。

「…大好き、大好きよ、ウハイ…貴方は私の大事な家族…それは昔から何一つ変わらないわ…!」

――ごめんなさい。
大事な家族だからこそ、こんな仕打ちは許せない。私はいざというときにとアトス様に持たされたミィルで彼を葬った。

その瞬間、彼は微笑んだ。

「…!」

人形には心が宿る。
それを私は散々信じてきたではないか。どうして気がつかなかったのだろう。その悲しい事実に。

「っ…ウハイ…ッ…!」
「名前、中央の扉が開くぜ!気をつけろ!」
「……父さん…」

次に現れたのは、父さんとラウス候ダーレンであった。ウハイのショックを引きずっていた私は、とてつもない恐怖を感じて後退りした。
私も兄さん達と同じところに行きたい。この状況では決して抱いてはいけない思いが込み上げてきた。
そんな時、優しく暖かい言葉が私の背中を押した。




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