まだそちらには行けそうにもない





(どんな困難が立ちはだかろうと、諦めないのが貴女です。もう少しだけ、頑張って下さい)

一度も聞いたことは無かったが、それは紛れもなく聖女エリミーヌ様の声であった。目を閉じると、優しいエリミーヌ様の微笑みが脳裏に浮かんだ。

「名前…!」

リンの声で我に返ると、私の視線の先には大好きな二人の兄の姿があった。そしてウハイと同じく虚ろな瞳でこちらを見ていた。

「ライナス兄さん……ロイド兄さん……」

しかし私の気持ちはやけに穏やかだった。きっと聖女エリミーヌ様が私を支えてくれているお陰だろう。あの暖かさで私の悲しみと苦しみを和らげてくれたに違いない。

「名前…」
「もう大丈夫よ、兄さん。もうじきこの戦いは終わり……黒い牙の望んだ平和な世界になるわ……」

いつか私の命が尽きて兄さん達の元へ行くときには、笑顔で迎えてね。きっと、良い報告を出来るだろうから。

「兄さんの妹になれて、私は幸せよ。ありがとう」

だからどうか安らかに眠りについて、二度と戦いの無い世界へと旅立ってほしい。これ以上兄さん達を傷付けるのは、もう耐えられない。

「みんな、下がっていて」
「名前、一体何を…」

エリウッドの問いには答えず、私はルナの魔道書を暗唱した。すると力が増幅し、大きな闇が二人の兄を包み込んだ。次の瞬間、本物の兄さん達が一瞬表れては微笑んで消えた。

そして最後の扉が開き、ネルガルがその姿を現した。

「…もう、誰も傷付けたくない。失いたくない…!ネルガル。負けるのは貴方よ!」
「ほう…私のしもべ達を打ち破ったか。褒めてやろう。だがな…この私の力は破られぬ!」
「名前さん!ここは私にお任せ下さい!」

ルセアがアーリアルを片手に私の隣に立った。彼が魔法を暗唱している間、私はこれまでに起こってきた様々なことを振り返っていた。
全ての元凶など、今となってはどうでも良い。私から兄さん達を奪ったのが誰にせよ、憎しみからは憎しみしか生まれない。

「さよなら、ネルガル。愚かなる偉人……」

私は2発目のアーリアルが放たれるのと同時にネルガルに対し弔いの言葉をかけた。ああ、これでとうとう終わるのだ。そう思った時、最後の力でネルガルが私達に言い放った。

「なぜだ?なぜ私が敗れる…?もっと力を…もっと強くならねば…私は…私は…」
「……」
「ぐっ…このまま…このままでは…死なんぞ…!我が最後の力……絶望に…震えるがいい……フハハ……ハ…ハハハ……」

そう言い残しネルガルは消えた。彼はアトス様やブラミモンド様と同様の偉人であったのだ。しかし道を歩み間違えたことで、愚かな“元”人間として私達の記憶に深く刻まれた。
次の瞬間、地面が揺れて前方の扉が開いた。

「あ…あれは…竜…!?」
「ネルガルが言った最期の言葉…このことだったのか…!」

3体の竜が出現し、既にこちらの世界へと足を踏み入れていた。このままでは竜が世界を滅ぼすだろう。アトス様の必死の制止も敵わず、誰もが絶望した時だった。




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