守ることをどうか許してほしい
この決断は間違っていなかった。
そうでしょう?兄さんなら、私の選択を褒めてくれるでしょう?よくやった、と頭を撫でてくれるでしょう?
兄さんとの思い出を思い返していると、どうしても涙を抑えられない。あんなにも優しかった兄がもうこの世にいないなんて、そんなことはやはり考えられなかった。信じたくなかった。
「どうしてお前が泣く…?」
「…私は…」
「名前、取り込み中悪いがリキアの王子らが騒いでるぜ。お前がいないってな」
「ええ…もう時間ね。行きましょう……パント様とカナスさんは先に行って下さい」
ラガルトの報告を受けてから出した指示に、二人が了承したのを見届けて私は立ち上がった。しかしリムステラは私の方を見つめるだけで足を動かそうとしなかった。
「私はここで、この島で消える存在だ」
「だめよ、そんなの…私が許さないわ」
「私を殺せ。名前」
「やめて…!私は…もう、誰も失いたくないの…お願い、そんなことは言わないで」
これが、誰かを守るということなのだろう。そう、私は今まで守ってもらってばかりだった。兄さんに、ルセアに、ヒースに守られていた。次は私が守らなければならない立場だ。
「名前…!」
「エリウッド、ヘクトル、リン…」
「何で…何でそいつがまだ生きてるんだよ…!」
「お願い、手出ししないで!」
一進一退の状況が続いた。彼らが近づくと私が後退りをし、その繰り返しだった。彼女を失うわけにはいかない。私の決意を、兄さんの思いを、無駄には出来ない。必ず彼女と黒い牙を作り直すのだから。
「お前は、やっぱり黒い牙の方が大事ってことなのかよ!?そうだろ!?」
「…そうよ…私は黒い牙が大好きだった!私の全てだったわ!それを奪ったのは、間違いなくあなたたちよ!兄さんも、ウハイも私の家族だった…!まだ戦う気なら、私が相手になる!」
「何…だと?」
私の家族。
それは、血縁関係もなくただの集合体でしか無かったかもしれない。しかし私にとっては全てを教えてくれた場所で、唯一の帰る場所だった。帰る場所のある彼らに、その痛みがわかるはずもない。
「やめるんだ、ヘクトル。名前も。無駄な争いは避けよう。そちらが攻撃して来ないなら手出しはしない」
「……フェレ候、エリウッド…」
「リムステラ、あなたのことは私が守ってみせるわ。八神将ブラミモンドの、最後の子孫として」
「ブラミモンドの子孫って…?どういうこと?」
リンの問いかけに答えたのはパント様だった。彼らを優しく諌めると、船の方へと促してくれた。きっと、ヘクトル達にはあの人が全てを話してくれるだろう。振り返って頷くパント様を見て私は確信した。
「…名前」
「リムステラ。ネルガルに何を言われたかは分からないけれど……私は…」
「どうして私をそこまでして守る必要がある?」
「……あなたの笑顔が見たい。ただ、それだけよ」
さあ、とリムステラに手を差し伸べると彼女は不思議そうな顔でその手を見た。このまま手を取ってくれなければ私が掴んでいただろう。
「名前、船が出るぞ。早く!」
「わかったわ」
ヒースの言葉を受けて、リムステラは恐る恐る私の手に自分の手を重ねた。私はその手を掴むと急いで船へと向かい、その間も彼女は終始無言で私に手を引かれるままに付いてきた。
「名前さん」
「ルセア……」
「向こうにはリンさん達がいらっしゃるので…こちらから乗って下さい。貴女も…」
「あの…」
「今は、何も聞きません。名前さんから仰ってくれるのを…待ちます」
その言葉はやけに私の心に深く刻まれた。それほど衝撃を受けてしまったということなのだろう。呆然とする私にリムステラが声を掛けてくれたお陰で我に返り、船に乗った。
「どうした、名前」
「…また私はルセアを傷付けてしまったようね…もう、嫌になるわ」
「負傷させたのか」
「ええ…心の傷は…そう簡単には癒えないのよ。とても…時間がかかるの」
心…とリムステラはその言葉を反芻した。様々なことが一気に起きすぎて、ため息を吐こうとしたその時に私の元へ来客が訪れた。
「名前。彼らの方には僕の方から話しておいたよ」
「すみません…ありがとうございます」
「いや、構わないんだ。ただね、やはり彼らは……」
パント様の視線を追う限り、まだヘクトル達がリムステラに対して良い気持ちでいないことは明らかだった。しかし私には最早そんなことはどうでも良かった。今解決すべきなのは……
「重ね重ねすみません、パント様。リムステラをお願いします」
「ああ、行っておいで」
「ありがとうございます」
今まで私を静かに見守ってくれた彼を傷付けて、一体私は何をしているのだろう。彼を悩ませないためと思って話さなかったことが、逆に彼を傷付けていたなんて。
走ってルセアの姿を探していると、甲板で風に揺れている長い金髪を見つけた。
「ルセア……!」
「名前…さん?」
「…ごめんなさい…本当に、ごめんなさい……私…貴方をどんなに苦しめてしまったのか…」
すると彼はいつも通りの優しい口調で私を落ち着かせてくれた。こんなにも私を理解し、励ましてくれるこの彼を、私はどれだけ裏切ってきたのだろう。
「そんな…私は貴女を咎めようと思って言ったわけでは…」
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