平和な世界への祈りを





私の自分勝手な行動がルセアの心に傷を付けてしまっていたとしたら、悔やむに悔やみきれない。しかしそれは過去の話。今からまた、彼との友情を築き上げて行けば良いのだから。

「あ、あの…名前…さん…!」
「ありがとう…ルセア、本当にありがとう……。必ず幸せになるわ。だから、貴方も…」
「……はい、ありがとうございます…」

そう言う彼の表情はとても柔らかくて、私は安心した。やはりルセアには笑顔が似合う。誰もの心を癒してくれるこの笑顔は、私の宝物なのだと実感した。

「あの…リムステラさんのことはよろしいのですか?」
「ええ、パント様が見て下さってるわ。恐らくルイーズ様もいらっしゃると思うし…」
「あの方は…名前さんのことをとても信頼しているようでした」
「…あの子は、私が守るの。今まで守られてばかりだったでしょう?兄さんにも、ヒースにも……そして、貴方にも」

私の言葉に対しルセアは一言だけ返してきたのが口元を見て分かったが、生憎風の音で何も聞こえなかった。そして彼は私に戻るように促した。
もう後ろめたいことは無いはずなのに、何故か彼の背中を見るだけで切なくて仕方がなかった。

「名前…」
「ヒース…」

甲板の階段を降りると彼に出会った。そこでようやく、想いを伝えてからまともに話していなかったことに気付いた。

「返事、聞いていてくれた?」
「ああ…もちろん。聞こえないわけがない。ずっと待っていたからな。君の返事を」

優しく抱きしめられて、私は目を閉じた。ロイド兄さんを討った時もこうして私を落ち着かせてくれた。こんなに幸せなことが普通になるなんて、少し信じられなかった。

「好きだ、名前。君を…愛してる」
「…ヒース……私も…好きよ。世界中で、一番…」
「名前」
「…!…リ、リムステラ…どうかしたの?」

彼女はこの状況をどうも思ってもいないようで、それもまた今度教えなくてはと思った。しかし彼女自ら私を探しに来るなど何かあったのかと聞けば、パントに呼んで来いと言われたと淡々と答えた。
場所を尋ねると、それは言われていないと私の目を真っ直ぐ見ながら言った。

「ルイーズ様もいらしたでしょう?」
「ルイーズはお前がフェレ侯エリウッドの元へ行くべきだと言っていた」
「そう……確かに、そうね。貴女は、どうしたい?」
「……私は…」

リムステラが俯いて言葉を濁した時、きらきらと外から光が差し込んだ。彼女もそれに気付き、窓の外へと視線を遣った。
海が朝焼けの光に照らされ煌めいて、様々な角度から船の中を照らしていた。小さい窓ではあったが、リムステラはその輝きをじっと見つめていた。

「…綺麗ね、リムステラ」
「海はこんなにも青いのか」
「そう、この世界には美しいものがたくさんあるのよ」
「美しいもの…か」

ヒースは私と彼女のやりとりを優しく見守っていたが、ふと口にした言葉は少し私を驚かせた。だが、その後のリムステラの言葉の方がずっと私を驚かせた。

「君も、名前と旅をして美しいものを見つけるといい。名前は色々なことを知っているからな」
「名前は、私の友人というものに値する。名前が望むのならば共に行く」

何よりも、リムステラから友人と言われたことが嬉しかった。その言葉を教えたのはパント様で、彼女がそれを十分に理解していなかったとしても、紛れもなくその口から発せられた言葉。ヒースにも私の喜びが伝わったのか彼は私に微笑みかけて背中をそっと押してくれた。

「きちんと、彼らに説明すべきだな」
「そうね…。リムステラ、行きましょう」

ヒースに励まされ、私達はエリウッド達の待つ部屋へと向かった。その間私はリムステラとパント様の会話の一部始終を聞いていた。
予想はしていたが、やはり研究の手助けをしてほしいと頼まれたそうだ。無論私に止める術はなく、パント様は信頼出来る相手のため彼女の判断に任せることにした。

「エリウッド、私よ」
「ああ、名前か。入ってくれ」

そこにはエリウッドとニニアン、リン、ヘクトルとファーガスさんがいた。私が出生から全てを語ると、彼らは様々な感情を顔に出した。そういえばリムステラに話すのも初めてだったと彼女の表情を伺うと、何かを訴えるように私の目を真っ直ぐ見ていた。

「…私が黒い牙を愛する理由を分かってくれた?」
「ええ…貴女は本当に…本当に、平和を願っていたのね。きっと、誰よりも…」
「名前さん…ありがとうございます…」

気のせいかもしれないが、私が全て語った後に少しだけリムステラに向けられる視線が優しくなったような気がした。
それは私に対する同情から生まれているのかもしれないが、彼女が生きやすい環境になるのならば要因が何であろうと構わなかった。

「名前さんは…元々、他の方とは違うような…そんな気がしていました…。竜になった私にも…気付いてくれて…」
「ニニアン…本当に、無事で良かったわ…」
「まあ何にせよ、もう僕らは仲間だ。君の大事な友人に危害を加えるつもりはないよ。だから…」
「ネルガル様の命令が無ければお前達には何もしない」

エリウッドの言葉にリムステラが直接返したことで、彼らの不安も少なからず解けたようだった。彼女はいつも通り無表情でいたが、その様子も少しだけ柔らかくなっているような気がした。

船がバドンに到着しファーガスさん達にお礼を述べた後、私は長かったこの戦いが終わったことを実感した。

「終わったんだな」
「…そうね。でも、厳しいのはこれからよ」
「ああ…荒廃している町もあるからな」
「貴方は…ベルンに戻るのでしょう?」

彼の瞳には以前よりも力強く、いつになく真剣な思いが宿っていた。私は居たたまれなくなりその瞳から視線を反らし、海に向けた。もし彼がベルンに戻るのならば、私と道を違えることになる。

「ああ、俺にはやるべき事がある。それを成し得てから母国に戻るつもりだ。名前は…どうなんだ?」
「私は……」

いずれ彼とは別れるものだと分かっていたはずだったのに、私の心はひどく寂しく苦しかった。




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