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どうしても眠れず、天幕を出て夜空を見上げた。星は煌々と輝き、僕を照らしている。
Episode:16 My fairy
足は少し先にある林へと向いており、僕はそのまま感覚に任せて歩いた。すると目の前に現れたのは、いつかの命の恩人であった。
「ディークじゃないか」
「クレイン。どうした?眠れないのか?」
「うん…そんなところかな。君はどうしたんだ?」
「まぁ色々…な」
なぜか嫌な予感がしてディークが歩いてきた道を辿ると、そこには案の定彼女の姿があった。体を小さくさせて、何かに怯えるような様子が見て取れた。
名前の体はこんなに小さかったかなと僕は記憶を辿ったが、弱々しい姿をこの距離で見たのは初めてかもしれない。
いつも近くで僕が守ってあげたい、何度そう思ってもするりと僕の手をすり抜けて届かない、まるで妖精のような人。
「…クレイン……私…」
「 名前 」
絞り出すように紡がれた僕の名前はひどく切なく、彼女の名前を呼び返すことしか出来なかった。
顔を上げた名前の瞳は涙に濡れてこそいなかったが光を失っており、そこに僕が映っているのかすら不安に感じるほどだった。
「どうして此処に…!」
「眠れなかったんだ。名前も?」
「うん…」
ディークは此処に来たのか。どうして僕の名前を呼んだのか。聞きたいことは山のようにあったが、僕はいつも通りに振舞った。彼女を泣かせたくないし、何より傷付けたくない。
「もうすぐ、ベルン本国か…」
「そう…だね。ゼフィール王子…」
「名前はベルンに長くいたんだろう?宮殿の中は詳しいんじゃないのか?」
紛れもなく名前は現ベルン王のことを王子と呼んだ。これはベルン情勢についての彼女の記憶は、ゼフィール王がまだ王子だった頃で止まっているということを示唆していた。
「…もう忘れた…昔の話だから」
「それでもロアーツ殿に雇われていた時期よりは長かっただろう」
「うん…」
気落ちした声色に歯切れの悪い返答。彼女の身に何かがあったのは間違いない。もしディークの言葉だとすると、彼は僕のためを思って言ってくれたに違いない。例えば立場や家柄について。
僕はいつだって知らず知らずのうちに誰かに守られてきたんだ。今まではその環境に当たり前のように甘えていた。
では、隣で俯く名前のことは誰が守ってあげられる?家族を亡くした君のことは、誰が?
僕の当たり前は、もちろん君の当たり前なんかじゃない。分かっていたようで、分かっていなかったこと。
「情けないな、僕は…」
「え?急に…どうしたの?」
「いや、そのままの意味だよ。君の嫌いな最低な貴族だなと思って」
「そんなこと…!クレインは…クレインは最低なんかじゃ…」
優しい君は、誰に対してもその人の良いところを見つけられるだろう。僕はいつも父や母と自分を些細なことで比較して超えようとして、超えられなくて悔しくて…。
惨めだし、情けない。
「ありがとう。名前は本当に優しいな」
「私は…優しくなんかない。貴方よりずっと最低な人間。ずっとずっと、最低なの。貴方に優しくされる資格はない…」
「名前がどんな人物であろうと、君は君だ。それに、僕にくれた言葉も…嘘じゃないだろう?」
「うん…嘘……ではない…けど…私は…」
自分の言葉が逆に彼女を追い詰めているような気がして戸惑った。僕のことを心なしか遠ざけようとしているのは感じたが、そんな抵抗は僕には一切効かなかった。
「名前」
「何…?」
「ディークに言われた言葉で君が傷ついたなら、それは僕のせいだ。すまない」
「…いいえ…特に何も…。クレインが気に病むことじゃないし…」
ほら、そうやって自分ばかり傷ついてる。君はずるいよ。これでは僕が守られてばかりだ。そんなの、本望ではない。
僕も君を守りたい。守らせてほしい。
顔を上げるとそこには満天の星空が広がっており、戦争なんて素知らぬ顔でキラキラと輝く星たちが、ぽつんと座る僕達を照らしていた。
横にいる名前を見ると、彼女は俯きその表情は暗闇に溶けていた。
顔をあげて?星空がそう囁いたかのように輝きが少し増したような気がした。
「クレイン…もう私のことは…」
「放っておいてって言いたいのかい?そうはさせない。僕は名前の傍にいる」
「…どうして…どうしてなの…?」
こちらを向いた名前の瞳は涙こそ浮かんでいなかったが、不安に揺れていた。彼女の瞳に映る僕の顔は見たこともないような頼りない表情をしていた。
僕も不安なんだ。君の前ではまるで余裕が持てない。
「どうして…かな。名前のことが頭から離れないからだと思う」
「…クレイン、私は…私は…罪を犯した人間なの…人の命を奪った!貴方の隣に相応しい人間じゃないの!だから…だからこれ以上…」
「…よかった。言ってくれて」
君は僕のずっと前を歩いていた。どんなに追い付こうとしても闇に阻まれて、もうすぐ届くと思ったら突然消えてしまう。追いかければ追いかけるほど、君は遠くへと進んでいく。
一人で歩く君の足取りは力強かったけれど、その背中はとても寂しげだった。
だから、僕が守りたいと思った。
側にいたいと思った。
そして隣にいて分かったのは、君のことが好きだということ。
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