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イリアに眠る神将器マルテを手に入れ、私たちは勇んでベルン本国へと足を進めるが、その途中《封印の神殿》で待ち構えていたのはベルン三竜将のマードック将軍だった。蘇るのは、あの冷静な表情、どこまでもゼフィール王子に忠誠を誓う真っ直ぐな瞳。
「マードック…将軍…」
Episode:24 Match against teacher
そう、マードックこそが私を暗殺者から真っ当にベルン王国で生きる道を与えてくれた張本人、かつ私がベルンから抜け出す際に手解きをしてくれた人物であるのだ。
「二度も助けて頂いたのに…恩を仇で返すなんて…」
私は目の前に広がる高山の向こうの神殿で待っているであろう、命の恩人へと思いを馳せた。
「ベルン王国へ来い」
「貴方は何者?」
「私はベルンの将軍マードック。貴様をこの国で雇ってやる。金なら幾らでも積む。悪い話ではないだろう」
「大国ベルンの将軍が直々に私を雇いに?そんな罠にかかると思ってる?馬鹿馬鹿しい。まだ仕事があるんだから、早く帰っ…」
その袋は音を立てて私の前に落ちた。彼が放ったものに間違いはないのだが、その音に私は聞き覚えがあった。間違いなく札束の音だ。
投げた人物を見遣ると、彼は私を見下ろしてそれを開けるように言った。
「これは…!なんて大金…」
「来るか来ないか今すぐ決断しろ。私も暇ではない」
ベルンへの道中もマードック将軍は私を雇った経緯など一切口には出さなかった。そんな将軍を多少不審に思いつつ、私は用意された馬車で大国へと入った。指示された部屋に入るとメイドの服が用意されていたため、傭兵や密偵として雇われたのではないということに気がついた。それについてマードック将軍を問い詰めようとしたが、外に出た時に彼の姿はなかった。
「どういうことなの?」
「さあな。ただ有り難いことにお前が将軍から認められたってことは間違いないだろう。特別な理由がない限り他所からメイドを雇うことなんてないからな。王宮のメイドなんて、ベルンの中じゃそこら辺の中流階級より金も貰えるし、身分も高いんだからな。あとは自分で何とかしろよ、新人」
外に待機していた将軍の部下の騎士にも私が雇われた経緯は話されていないようで、一抹の疑問を抱えつつ私はベルンのメイドとなった。
そして将軍と二度目に会ったのは紛れもない、ゼフィール王子暗殺計画の噂がたった件でヘレーネ様から依頼があり、王子の部屋へ向かった時だ。
「マードック将軍…」
「ほう、どうやら王宮で真っ当に生きているようだな」
「なぜ、私を雇ったのですか?」
「貴様…変わらん目をしている」
丁度あの時は私の中で復讐の二文字が蠢いていた時だった。おそらく将軍は私のただならぬ雰囲気でそれを察したのだろう、逆に怪訝そうな表情で私を見下ろしていた。
その時からだったか、私の持ち物に王宮の地図が紛れ込んでいたり、弓が簡単に持ち出せる場所にあったり、“この国を出ろ”と言わんばかりの騎士の配置など、不思議なことが増えた。
そのお陰で難なくベルン王国を出たきり、マードック将軍とは出会うことなく勿論デズモンド王の暗殺に加担することもなく、復讐の二文字を掲げつつ傭兵として生きていた。
「マードック将軍…貴方が私を…。でも、どうして…」
思えば、ベルン王宮で過ごす間は文字通り真っ当に生きていた。メイドとしてヘレーネ王妃のお世話をし、客人を案内し、部屋の掃除をし、食事を運ぶ。人を傷つけることもなく、もちろん毒を盛ることもしなかった。
あの数年間は退屈だったけれど、私の人生で最も綺麗に生きていた時間だったのかもしれない。
ベルンは故郷なんて言えない、そう思っていたはずなのに何故こんなにもあの場所が懐かしく思えるのだろう。口煩いおばさんのメイドのエプロンをわざと洗濯しないでおいたり、騎士たちの鍛錬の様子を屋根からこっそり覗いたり、年の近いメイド達と貴族の噂話をしたり、楽しいことはたくさんあったのに。
「全ては将軍から頂いた機会だったことに今更気がついた…なんて遅すぎるんだろう。取り返しの着かないところまで来てしまった…」
後悔しても既に手遅れだということは分かっていた。そして私の知る将軍なら、きっとこう言うだろう。
“私は機会を与えただけで、選択したのは貴様自身だ。何も臆することは無い。”と。
私は弓を握る手に力を込めた。手袋越しに伝わる慣れた感触。遠くに見える山々にはベルンが誇る竜騎士達が控えているのであろう、手前に敵は見えない。ここで決着を付けなければならない。私の過去と、未来に。そして、恩師に。
「行くわよ。名前。気を緩めないで」
「分かってる。スーこそ、竜騎士に囲まれないように気をつけて」
「ええ。私なら大丈夫。いざとなればこの剣で戦うわ。貴女は包囲されると為す術がないのだから注意を呼びかけているの」
「ありがとう。十分に気をつけるよ。ここは私の故郷だから…。きっと味方してくれると信じてる」
何か言いたげなスーの瞳をひらりと躱して、ロイ将軍の指示を仰ぐために軍の中心へと足を進めた。我ながら“故郷”という言葉が軽々しく口から出てきたことに驚いていた。しかも故郷の地を誰よりも強く思う、スーに対してそんなことを言うなんて。
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