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Episode:05 Bad dream
その昔、私はイリアで家族4人仲良く暮らしていた。弟はわたしの5歳下で年も離れていたせいか、喧嘩することはほとんどなかった。
弟の名はソラ。女の子にも思える名前が嫌だとぼやいていた。
なんの不自由もなく過ごしていた私達一家に突然訪れた不幸。まず母が病に倒れた。それと同時に、弟ソラにも同じ病の前兆が見られた。どんな医者にかかっても首を振られ、回復の兆候など一切見られず母は次第に衰弱しばらくして亡くなり、ソラにも時々発作が起こるようになった。
父は最愛の妻を失ったショックで仕事が出来ず借金を抱えていた。それから借金の取立てに怯える毎日を過ごしていたが、とある日父が私になけなしの金を渡してきたのだった。
「名前…苦労をかけてすまない…。これでソラと遠くへ行きなさい。そして、もうここには戻ってきてはいけない」
「え?どういうこと?父さん、なんで…」
「お願いだ。父さんと約束してくれ。お前たちが全てなんだ…。母さんのためにも、約束してくれるな?名前」
もはやそれは約束ではなかったが、父の懇願する表情を見て、首を縦に振ることしか出来なかった。私は急いで支度をし、ぐずるソラを連れて人目につかない時間に家を出、国境へと続く丘に続く道を歩き始めた。
なんでお父さんは僕らを追い出したの、と涙を流す弟の手を無言で引いていると、彼が突然立ち止まったので名前も足を止めざるを得なかった。何事かと問うと、弟の手が震えているのを感じた。
「お姉ちゃん…!!」
「どうしたの?」
「お家が…僕らの家が…!」
ソラが指差す先にあったのは、燃える家だった。ごうごうと音を立てて燃える炎の中にかすかに見える人影。それは、紛れもなく私たちの父だった。
燃えゆく父を見たあの日から、私は崩壊への道を転がり落ちていくことになった。
弟ソラの薬が切れそうな時は医者を訪ねて懇願したが、金がないと薬は出せないと拒まれた。
大人なんて信じない。そう心に誓って私は必死に働いた。父も2人の子ども達とあんな別れ方をさせるなんて、あまりにも残酷だ。大人はいつでも嘘つきで、信じられない。
初めは簡単な盗みから手を出した。裏の世界にいて分かったのは、完全実力主義で仕事の質の高い人がひたすら儲けているということ。
それを知った私は昔から得意だった弓を毎日練習して、戦う用意もするようになった。すると突然、盗みとは違う依頼が来た。
「…これは…!!」
裏の世界で依頼人と私達が顔を合わせることも名前を知ることもない。コードネームで呼び、手紙でやり取りする。
今回の依頼書に書かれていたのは、とある資産家の嫁の暗殺だった。
「…!名前…!!」
「ん…スー…?」
「良かった。悪い夢でも見たの?うなされていたわ」
「悪い、夢…。うん、そうかもしれない…」
今日は無理しないで、とスーは私に声を掛けて天幕を出ていった。彼女の姿が見えなくなったのをしっかりと確認し、私も狭い天幕から抜け出した。一人で向かうは昨夜クレインと会ったあの場所。
思い出したくもないはずの過去の夢を私は冷静に振り返っていた。
弓は遠方から狙うため、剣や斧などと違って直接返り血を浴びて汚れることがまずない。それがまた、暗殺を繰り返してしまった理由だった。
だが、私の両手は血に染まっている。これは事実である。何人もの命を奪い、金を奪ってきた。
辞めたかったけれど、辞められなかった。
「…っ!!!」
私は細い矢を自分の手に刺そうと手を挙げたが、その手は誰かに掴まれてしまい、役目を果たすことの出来なかった矢が力なく地面に転がった。
もはや目視でその姿を捉えなくてもわかる、この気配。
「…クレイン、何するの」
「君こそ、何をしているんだ。こんなことして」
「放っておいてよ、私のことは」
「自分を傷付けるのをやめてくれるのなら、僕はここを離れる」
私は項垂れた。なんでこんな底辺のような人間を彼のような貴族が気に留めるのか。私の知ってる貴族の人間はそんなことはしなかった。あの医者もそう。慈悲なんてない、神様なんていないということを思い知らされた。
「どうせ消えないんだから、放っておいて…構わないで…」
「消したいくらいな出来事も、それが今の名前を作っているんだろう?」
「知ったような口を聞かないでよ」
「…すまない。君の言う通りだ」
なぜか涙が溢れそうになって、私はクレインから逃げるように顔を背けた。優しくて、暖かくて、甘えてしまいそうで、とても苦しい。どうして?
「名前…?」
「何でも、ない…」
きっとここまで来た彼のことだから私の涙声には気づいたに違いない、考えが錯綜する頭で私は思った。クレインは何も言わず、ただただそこに居てくれた。本来ならば見られたくないはずの姿なのに私には彼の存在が嬉しいと感じ始めていた。
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