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彼女の声が涙で濡れていることにはすぐに気がついた。そもそもこの林に向かうときから様子がおかしく、いつもの気丈な名前の欠片もなかったので心配だったのだ。
Episode:06 Alone
しかし僕にはかけるべき言葉が見つからなかった。『知ったような口聞かないで』その言葉が僕の頭をぐるぐると回っている。余計なことを言ってしまった、取り返しがつかないようなことを。
「もう行くね」
「ああ…うん。名前、本当に…」
「いいの気にしないで。私こそごめん。ありがとうクレイン」
彼女が僕の何に対して感謝の意を述べているのかは見当もつかなかったので、この場から離れるための決まり文句として受け取ることにした。
あんな言葉を言ってしまったことに改めて謝りたかったが、歩き出す彼女の背中を見て、僕は何一つ出来なかった。
「君のことを、もっと知りたい」
踏み込みたいけれど、踏み込んではいけない、一度行ったら戻れない、名前のことを知るということはそんな危ない橋のような感じがしていた。
彼女が置いて行った矢。これを自らの手に刺そうなど、とんでもないことだ。あの力は紛れもなく本気だった。振り返ると間違いなくそう思える。
「何がそこまで、君を追い詰めているんだ?」
疑問符だらけの僕の言葉が目標に届くことなく地に吸い込まれていったのを見て、彼女の歩いていった道を辿って部隊へと戻ることにした。
それからというものの、私とクレインが会話することは少なくなっていた。私が彼と話さぬように距離を置いていたからなのだが、彼から必要以上に話しかけられることもなかった。
そんなの当たり前、分かりきっていたこと。王子様が私みたいな汚い傭兵を相手にするわけない。
「名前、最近変よ」
「そんなことない。それはスーの思い違いに…」
「私、間違ってないと思うの」
「スーは…鋭いね」
本当に、怖いくらい鋭い。
クレインのことを考えるのは果たしてこれで何回目だろう。視界に入れば見ないように目が合わないようにと必死で避け、姿が見えないとあの後ろ姿を探す。そんな日々が続いていた。
「あまり根詰めないようにして。何かあったら相談してくれて構わないから」
「うん……ありがとう、スー」
「貴女のそんな顔、見ていられないもの」
そんなひどい顔してた?と尋ねると、スーは呆れるように頷いた。
自分のことには疎いくせにと心の中で毒づきつつ草原の民の友人を一瞥して私は天幕を出た。
暗殺計画は難なく遂行された。
資産家の嫁を始末した後しばらくして知ったのだがその資産家には愛人がおり、結婚したのだと。そんなつまらないことに暗殺者を雇い高額を支払うのかとも思ったが、人間の命がそれなりの値段で売られるということだ。やっぱり冷たい世界、私はそう思った。
「ただいま、ソラ」
「おかえり…お姉ちゃん…」
「ソラ!?どうしたの?薬は?飲んだの!?」
「おねぇ…ちゃん…僕…」
ソラの容態は私が見ても良くなかった。金は稼いでも稼いでも薬や食事で消えていたが、私はソラを連れて医者に向かった。
「お願いです!ソラを…弟を助けて下さい!」
「前にも無理だと言っただろう。医者は奉仕者じゃないんだ。金がないなら他を当たってくれ」
「必ず返しますから!必ず…!!倍でも構わないから…お願い…!」
「あんたがそれを守る確率に賭けろって?ふん、ほら早く行けって」
それから何度も扉を叩いたが返答はなく、隣町の医者にかかろうにも馬車に乗る金もないし、私一人でソラを担いで歩いては行けない。
町外れの教会まで来たところで、ソラが咳をして苦しそうな素振りを見せた。
「ソラ…」
「お姉…ちゃ…ごめんね…」
「なんで謝るの…?謝るのは私の方だよ…ソラ、ダメなお姉ちゃんで…ごめん…ね」
「…あり…がと……おねぇ…」
ソラは静かに息を引き取った。
たった一人の家族、たった一人の弟。病気がちで遊ぶことは少なかったけれど、仲の良い姉弟だった。母が死んだ日も、父が燃えた日も、辛いことは一緒に乗り越えてきた、たった一人の弟だった。
「許さない…許さない……絶対に…!!」
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