Episode:09 Truth approaches




クレインは私が距離を置くと自分からは寄ってくることがなかった。それはとても有り難いことだったのだが、一方で少し寂しくなっている自分もいた。
会いたくないはずなのに、会いに来てほしいと望んでいる。なんて我が儘なのだ、と私は自分の心を嘲笑した。

ふと夜に散歩に出かけると、ぼうっとしていたせいか向こうから人が歩いてくることに気がつかなかった。


「…名前…」
「!!……クレ、イン…」


それはまさしく、会いたくて会いたくない人だった。あの時逃げてしまってから顔を合わせるのは初めてだ。気まずい気持ちもあったが、このまま隠しているのもクレインに申しわけないという気持ちもあり、私は彼に話を聞いてもらえないか頼んだ。

「この前は逃げてごめん。その…続きなんだけど…今、時間ある?」
「うん。ありがとう、話してくれないかと思ってた」

私は自分がベルン王宮に長く居たことを話した。
メイドとして働く毎日は新しいことだらけでとても忙しかったが、忙殺されている中で私はいつの間にかヘレーネ様に気に入られ、王妃付きのメイドになって暇も増えていた。
その中で考えるのは弟ソラのこと、そして憎き医者のこと。

「母とはベルンで?傭兵は客人の護衛なんてしないだろう?一体どこで?」
「あ…その…ベルンでは傭兵ではなく、メイドだったの」
「メイド?」

王妃付きのメイドに就いてから、私は忌々しい医者に復讐することを考えていた。メイドとして雇われてしまった以上、何もしなければ弓の手が落ちてしまうため、私は夜な夜な騎士の武器庫に忍び込み弓の練習をしていた。持ち出してもよかったが、王妃を狙ったと誤解されては元も子もないので自重した。

「ヘレーネ様の元で長くメイドとして働いて、なぜ今また傭兵を?」
「…王宮を、脱走したの」

彼女の話は僕の想像とは大きく違っていた。ベルンでは傭兵ではなくメイドとして働いていたと、彼女は真っ直ぐそう言った。雰囲気からしてその過去に偽りは無さそうだったが、僕にはどうしてもディークの言葉が引っかかった。


「クレインには悪いが、俺が思うにあいつは……殺し屋だ」


彼女は王宮を脱走したと、はっきりそう言った。同時に僕の頭には疑問がたくさん浮かぶ。なぜベルン王宮に入ったのか?なぜ傭兵の君がメイドとして働いたのか?なぜ脱走したのか?なぜそこまで弓の技術が高いのか?

「君は…何者なんだ?」
「…私は……ただの傭兵だよ、それ以上でもそれ以下でもない」
「本当に?」

念を押した僕の言葉に彼女は何も答えなかった。ディークの悪い予想が確信に変わるのも時間の問題かもしれなかったが、名前のことを信じたいという気持ちも強く、葛藤が渦巻いていた。

「変なことを聞いてすまなかった。君は王宮を脱走してまで何を望んだんだ?」
「それは……」

再び名前は口を噤んだ。何を必死に隠しているのだろうか、王宮で、しかもヘレーネ様に仕えるメイドならばよっぽどのことでない限り欲望を満たすことは叶うだろう。しかし彼女の欲望がその“よっぽどのこと”でないと脱走する理由にはならない。

「ごめん…クレイン、もう私には関わらない方がいい…貴方まで変な目で見られかねない。私のことは、もう…」
「君は本当にずるいね」
「えっ?」
「何もかも秘密にするところだよ」

これじゃあ僕が子どもみたいだ、と笑いが漏れたが一方の名前は神妙な面持ちでその言葉を受け止めているようだった。



戦いは終盤に差し掛かり、エトルリア国王モルドレッドの頼みで私たちは聖女の塔へと向かうこととなった。そこは聖女エリミーヌを祀った塔だが、今はクーデターを起こしたロアーツと手を結んでエリミーヌ教団に叛旗を翻した司祭の支配下にあった。

「どうかしたの?名前」
「……」
「名前?」
「…え?ごめん、よく聞いてなかった」

私が以前ソラと住んでいたのはこの近くの村だった。王都アクレイアの外れにあるこの聖女の塔はいつも暖かく私たちを迎え入れてくれていた。その場所が戦場となることも許せなかったが、何よりもここならばあの医者に復讐ができるかもしれない、そう考えていた。

「厳しい顔をしていたから。何かあったのか?」
「いや、何でもない」
「…そうか」

クレインは何か言いたげな顔をしていたが、こればかりは止められては困る。あの男に復讐をするべく王宮を抜け出し、ここまで生き延びて来たというのだから。

聖女の塔での一戦が終わり皆が天幕へと戻る中、私は一人別方向へと足を進めた。そう、あの医者がいる村へと。



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