白夜の平和は長くは続かなかった。ノスフェラトゥの襲撃、白夜の女王ミコトの死、町の破壊を招いた魔剣、姿を消した不審な人物、カムイの変貌―――
目が回るほどの出来事に白夜王国全土は混乱に陥っていた。兄弟の仲はより一層複雑になる。

「カムイ様…アクア様…」

そして白夜と暗夜が相対した時、彼女はどちらかを選ぶことは出来ないと言った。どちらかの家族を捨てるなど出来ないと。白夜にも暗夜にも味方しない道を選んだ二人の背中をスズカゼは見送っていた。きっと彼女達ならこの世界を救うだろうと一抹の希望を抱いて。

「どうかお二人とこの世界に幸あらんことを…」

カムイ達は新しい道へと足を踏み出していた。白夜の兄弟も、暗夜の兄弟も、どちらともを救うことの出来る第三の道へ、まだ見ぬ世界の平和の道へと。



第十話

強い信念の宿る瞳が語りかける
仲間の言葉に見える景色




声が戻りしばらくの時が流れたが、依然としてフウマ公国は以前の活気を取り戻せずにいた。聞けば白夜王国にはカムイ王女が戻られたのだとか。ナデシコは変わらない母国を見遣る。離から見える光景こそいつも変わらない毎日を繰り返しており、自分の弱さを実感せずにはいられなかった。

「ナデシコ様、白夜王国のミコト様が…逝去されたそうです…!」
「それは…誠ですか?」
「はい。経緯まではあきらかになっていないようですが、確かな情報として入っております」
「そう…ですか。ミコト様…あのお優しい方が何故…」

ナデシコの声が戻ったことに臣下たちは大層喜んだ。彼らが絶対の信頼を寄せるナデシコと話ができること、それは彼らにとって非常に大きな意味をもっていた。特に、この荒廃した国の中では。
しかしナデシコはこの事実をコタロウの周辺に告げてはいなかった。むしろ臣下たちには口止めをしていたのだ。声が出ない方が持つ力も無いと思われているのか監視の目が緩く、コタロウ自身もナデシコへの関心が薄いまま事を運べるという理由からである。

「せっかくカムイ様が戻られたというのに、白夜で何が起きているのでしょうか…。私たちもこれ以上の情報を得ていないので分からないのです。スズカゼ殿に送った文も届いているのか…」
「届いていないのでしょう…。スズカゼさんは律儀な方ですから、公式の文書に返事をしないなど考えられません。であれば、握り潰しているのは白夜か…この国ですね」
「そんな…ナデシコ様、私達はもう白夜王国と良い関係は築けないのでしょうか…」

彼女は弱気になる臣下達を奮い立たすことはしなかった。明確な理由もなく気張れというのが残酷なことはよく分かっていたし、何しろ自分が彼らに支えてもらった身だ。今更彼らを叱咤する必要は無いと考えていた。

叔父の思惑は何処まで具現化しているのだろう。ナデシコはもう一度離の窓から外の様子を見る。コウガを攻め立てた時よりも監視の見張りの数は明らかに減っていた。今は戦いを企てるよりも内密に動いているということだろう。ナデシコは頭によぎる最低な現実をまばたきと共に意識の奥へと追いやった。

「コタロウ叔父様を止められなかったのは私の罪です。皆にはこの国で過ごしにくい環境を強いて申し訳ありません。付いてきてくれて、本当に感謝しています」
「いえ!ナデシコ様がいらっしゃらなければフウマ公国は今頃どうなっているか分かりません…感謝を述べねばならないのはこちらです。これからも誠心誠意、仕えさせていただきます!」
「臣下にそう言って貰えると私も幸せです。もう少しだけ頑張ってもらえますか?この国のために…」

その後、ナデシコはカムイとアクアが逃亡したことを知る。中立であるはずのフウマ公国は彼女達を受け入れても構わないのだが、叔父の様子を見る限りそれを良しとはしないようだった。暗夜と手を組み始めていた時点でそれは明らかなのだが。
世界はどうなるのだろうか。いよいよ白夜と暗夜の全面対決が始まるのだろうか。ここももしかしたら戦場になるのだろうか。ナデシコは様々なことを懸念していた。

「ナデシコ様!ナデシコ様、大変です!」
「何かあったのですか?」
「白夜王子のリョウマ様の臣下の方が我が国に密偵として潜入しており、公王様の一派に捕虜として捕らえられたようです!」
「何てこと…。その方の名は?聞いていないのですか?」

彼女はスズカゼに聞いた話を思い出そうとしていた。白夜王国で誰が誰に仕えているのかまで網羅している訳ではない。捕らえられた人物は一体誰なのだろうか。この際ナデシコには誰でも良かった。白夜王国の人間であれば助ける以外の選択肢はない。

―サイゾウさんがリョウマ様に仕えているのは確実ですが、まさかサイゾウさんが捕虜として?そんなことがあるのでしょうか。

ナデシコの言葉に臣下たちは捕虜となった人物の名を聞いたか互いに尋ねており、時折ナデシコの表情を伺いつつそれが確かな情報か確認しあっていた。当のナデシコは緊張した面持ちでその様子を静かに見守り答えを待っていた。

「ナデシコ様…非常に申し上げにくいのですが…」
「はい。分かりましたか?」
「カゲロウ殿…とのことです。ナデシコ様と…お知り合いのくノ一の方…でしょう」

ナデシコの頭には鈍器で殴られたような衝撃が走った。信じ難い事実に一瞬足元を掬われてよろめく彼女を臣下たちが支える。彼女の顔は青ざめており、カゲロウが捕らえられたという事実の重さを象徴している。

―必ず助けます…カゲロウさん。貴女を失うわけにはいきません…。私は二度と後悔しないと決めたのです…!

ナデシコは混乱する頭で決意した。守れなかった国、守れなかった民、守れなかった命の上に成り立っている自分の存在。今回は絶対に後悔しない。たとえ自分の命が果てようとも必ずカゲロウを救い出す。

「皆さん…。私は叔父様と全面的に対立します。もし、それが恐ろしければ今すぐ此処を出ていってください。私は何も咎めません」
「ナデシコ様…何をおっしゃいますか。先ほど申し上げた通り、私達は身も心もナデシコ様と、フウマ公国と共にあります。何なりとご命令ください」
「彼の言う通りです。ナデシコ様、今更何も惜しいものなどありません。共に戦わせてください!」

ずっと探してきた景色は案外すぐ側にあるのかもしれない、ナデシコは思った。
そして始まったのがカゲロウの奪還作戦。本邸の地下牢に捕らえられているという情報を元に、警備が手薄な時間や交代の時間、食事の時間などナデシコの臣下たちは調べあげていった。








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