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木漏れ日の下。離れていた間に学んできたことや身の回りで起こったことを、身振り手振りを交えて互いに語り合う。時折生まれる無邪気な彼女笑い声がこだまし、それに応えるかのように木々がざわめく。
これは、フウマでの平穏な日々。
隣にいるのは誰?
優しい笑顔を見せてくれる貴方は誰?
さらりと流れる深緑色の髪、言葉も物腰も柔らかい彼を私はよく知っている。会いたい人、今すぐに会いに行きたい人。
「…あなたは…スズカゼ…さん…」
声が出たことよりも、ナデシコにとっては彼が夢に出てきたことの方が大きかった。扉の外で護衛してくれているであろう臣下に聞こえぬよう、ナデシコは小さいため息を吐いた。それが落胆だったのか、自らを鎮静するためだったのかは本人にも分からない。
第九話
夢見る貴方の世界へ続く
過去の記憶、英雄の帰還
夢を見た気がする。思い返そうにも儚い夢は泡となって記憶から消えてしまっており既に影も形もなかった。とても幸せな夢だったのか、早く起きてしまったものの気分は悪くはなかった。スズカゼは朝焼けに染まる白夜王国を目に映し、まだこの国がある程度の平和を保てていることを知る。
「スズカゼ、聞いたか」
「はい。コウガ公国のことですね」
「ああ…やはりフウマ公王、許してはおけない…」
「兄さん…」
行方も安否も不明の父に変わってサイゾウの名を継承した彼の兄は、事あるごとに復讐へ燃えていた。父が今どうしているのか知る方法はフウマ公国へ尋ねるしかないが、今それを尋ねたところでまともな返事が帰ってくるとも思えない状況だからだ。今や白夜王国からの公的な文書への返信もない。その真意は不明だが、フウマ公国がコウガ公国を滅ぼしたということが大いに関係しているのかもしれない。
スズカゼは片目を失った兄の背中を見送って、かつて訪れた優しい忍の大公が治めていた時代を思い出していた。
白夜王国と何も変わらず不自由なく生きる民。自然も豊かで、城の周りに広がる緑の竹林が忍の国を強く思わせる。そんな中、常に手入れがされていた城の庭園には四季折々の花が咲き乱れていた。そんな心地よい庭園で、彼らはいつも久しぶりの再会を楽しんでいたのだった。
『スズカゼさん、こんにちは』
『こんにちは、ナデシコさん。お元気でしたか?』
『はい。ご覧の通り、元気です』
互いに公女であることや白夜王国に仕える人間だということを忘れられる時間だった。彼らの父も同様であったようで、旧い友人として共に過ごす時間をゆっくりと楽しんでいた。
サイゾウも何度かフウマへ帯同していたが、それは毎回という訳ではなく、スズカゼとナデシコが2人きりで話すことも時を重ねる毎に多くなった。
あの時を昨日のことのように思い出せるのにもはや叶わぬ夢なのか、スズカゼは近くて遠い忍の国へと思いを馳せた。
しばらく時が経ち、スズカゼとリンカは暗夜王国へ連れ去られていたカムイの奪還に成功する。しばしの間は親兄弟と過ごす彼らを暖かい眼差しで見ていたスズカゼだったが、ふと脳裏に浮かぶのはナデシコの後ろ姿だった。
なぜカムイ様を見てあの方を思い出してしまうのだろう、スズカゼは頭を振ってその姿を消し去ろうとする。
「スズカゼ、どうしたのだ?このめでたい時に具合でも悪いのか?」
「ああ…オロチさん。いえ、そういう訳ではありません。ありがとうございます」
「ふむ。お前らしからぬ顔をしておるな…これは気になるぞ。何かあったのか?」
「いえ…昔のことを思い出していただけです。他にはこれといって理由はありません。面白いことはないですよ」
にやけ顔で詮索してくるオロチを妙に警戒しながらスズカゼは彼女の言葉の剣を躱し続けた。余計なことを口走ってしまっては、あっという間に白夜全土に広がる可能性がある。そこまでオロチを信用していない訳では無いが、フウマの公女を思っていたという内容が悪い。
「ほう、わらわには話せぬ内容ということじゃな。それもまた興味深いのう…」
「オロチさん…」
「ふっふっふ…そなたの困った表情は久々に見るのう。しかし何じゃ、本当に困ったことがあるなら相談してくれて構わんぞ?」
「いえ、本当に思い出していただけですから…フウマ公国での思い出を…」
ふむ。とオロチは考えて込んで、そうか、ナデシコ公女…。と呟いて納得したようだった。思えばカゲロウの親友であるオロチがナデシコのことを知らぬわけがない。
スズカゼは紫色の呪術師の、くるくる変わる表情を、またもナデシコへと重ねていた。
『スズカゼさん、桜の季節にお会いしましょう。フウマ名物の筍料理をごちそうします』
カムイが帰還したことで祝の席も設けられ、白夜王国は今まで以上に明るく、空には祝の花弁が舞い、民は笑顔で満ちていた。 夢のように儚い時間は忍び寄る悪の影によって簡単に打ち砕かれることになるのも知らず。
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