カゲロウの救出へ向かった兄・サイゾウと合流したカムイ一行に待ち受けていたフウマ兵の洗礼。竹林の壁が彼らの行く手を阻む。それでもスズカゼは一つの希望を信じて進んでいた。
それは他でもないナデシコの存在であった。自分の前ではいつ何時も笑顔を絶やさなかった彼女のことを、スズカゼは片時も忘れたことがなかった。

「兄さん!」
「スズカゼ…何しに来た!」
「カムイ様が助けると仰った、それ以上の理由はありません」

サイゾウはスズカゼの言葉を素直に受け入れていた。否、自分の意思で貴方達を助けに来た訳では無いという真意を見抜けるほどの余裕が無い様子だった。スズカゼはその様子を察知して、兄の置かれる状況を悟った。
昔足を踏み入れたフウマ公国はこんなにも冷たい空気を纏っていただろうか。竹林の奥に潜む手裏剣の光に、スズカゼは目を凝らした。




第十二話

暗い闇に潜む孤独
脳裏に浮かぶ声と笑顔




暗い部屋と冷たい床。ナデシコが目を覚ますと、まずその二つの感覚が彼女を占拠した。体を起こしても明りはない。少し進むと直ぐに鉄格子へとぶつかった。きっと此処も地下牢なのだろう、カゲロウの姿を思い浮かべる。

「誰か…誰かいらっしゃいますか?」

問いかけても返事はない。ただ暗い世界に一人。辺りを見回しても何一つ光のない暗い部屋。ナデシコは恐怖に怯えた。死ぬよりも苦しく、怖かった。誰もいなくて、何も見えない世界。
もはやカゲロウのことはナデシコの頭の中の隅に追いやられていた。空いた場所には闇が、恐怖が占領している。

「お父様…スズカゼさん…私は…」

膝を抱えて頭を埋めた。そうでもしないとおかしくなってしまいそうだった。楽しい時を思い浮かべようにも、何故か父の最期が鮮明に浮かんでくる。苦しむ表情、飛び散る鮮血、倒れる臣下達。その先にいる、見慣れた笑顔の叔父。

“ナデシコさん”

スズカゼの声が聞こえた気がした。彼の存在はいつでもナデシコの力になっていた。苦しい時、悲しい時、いつも彼の優しい笑顔がナデシコを救った。

「スズカゼさん」

もちろん返事はない。しかし、今のナデシコにとってはスズカゼという思い出が光となって彼女の心を照らしていた。

「会いたいです…スズカゼさん……」

緑色の髪が揺れる。
彼がフウマに来る時、決まって思っていたのだ。この国の竹林と貴方の髪が合わさってとても素敵だと。結局恥ずかしさもあって伝えられなかったが、ナデシコはその情景を思い浮かべていた。










外ではナデシコの臣下達が必死にフウマ兵に抵抗していた。コタロウがナデシコの臣下達を全員処刑しろと命じたのが始まりであったが、カムイ一行のこともありコタロウは本城へと戻ったため、フウマ兵との対峙が続いているのであった。

「ナデシコ様のために生きろ!必ず!」
「いずれにしろお前達は公王が国王になられた時には死ぬのだ!」
「そんな世界、絶対にさせません…!」

確実に不利なのは明らかであったが、生き残ったナデシコの臣下たちはフウマ兵との一進一退の戦いを続けていた。彼らの体力にも限界があり、疲労の色は濃くなっていくばかりだった。
しかし一人がナデシコの幽閉されている建物を見上げると、その瞳に信念の光が宿ったのを周りは見逃さなかった。

“皆さん、生きてください。どのような形でも…”

主君であるナデシコの言葉を反芻させる。あの時見せた主君の表情を忘れた者はいなかった。隙をついて一人がフウマ兵の手から逃げ出すと、数人がそれに続いた。
残された一人の男は、ナデシコの右腕として働く人物であった。彼は主君の言葉通り、彼らを生かした。

“もう少しだけ頑張ってもらえますか?この国のために…”

フウマ兵と戦いながら、かつて主君が彼らに言った言葉を思い出していた。男は大公に仕えていた人物で、臣下の中でも他の者から信頼も厚く、誰よりも強い心を持ち、誰よりもフウマ公国を思っていた。

あいつらは何処まで逃げただろうか。あとどのくらい耐えれば、ナデシコ様のために生きられるだろうか。限界が近いことは疾うに彼自身が気付いていることであった。

「此処で負ける訳にはいかない…!私は…フウマのために…!」
「くそっ、しぶといな…!一斉にかかれ!」

四方八方から男を目掛けて飛んでくる手裏剣。彼には避ける気がなかった。避けたところで、次の一手が待っているに違いない。対する彼らもまた、自身と同じフウマ兵。戦略を立てて理論的な戦いをする種族というのは変わらないのだ。

「ナデシコ様…どうか…どうかフウマ公国を…」

赤色に霞む視界の中でフウマ兵達が様子を見ているのがわかったが、男に反撃する余地は残っていなかった。息も絶え絶えになりながら思い出すのはやはり主君の公女の表情であった。

“すみません…私の力が無いばかりに…貴方まで失うなんて…!”

「ナデシコ様の責任ではありません…どうか…いつまでも、笑顔で…」

涙するだろうか。いや、きっとしないだろう。あの方は強い。そして彼女には側にいてくれる人物がいるはずだ。私がいなくとも、フウマ公国を導いていく技量はある。

「お守りすること…叶わず…無念…」

願わくは貴女の笑顔をもう一度見たかった。大公様がご存命の時見せてくれた、天使のような笑顔を。
昔見たナデシコの笑顔を脳裏に浮かべて、男は息を引き取った。






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