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臣下たちにナデシコの無事が知らされたのは、彼女がスズカゼによって解放されてしばらく経ったあとだった。そして同時に、彼らは頼りにしていた男の死を知る。
フウマ公国の荒廃を見る限り、このまま公女を立てても再建が難しいことは明らかであった。
ふと臣下の一人が離へと目を向けると、その向こうには変わらぬ鮮やかな庭園が広がっていた。
――奥様は、ずっと見てらしたのですね。この国の行く末を…。大公様のことを、コタロウ様のことを、そして…ナデシコ様のことを…。
悲劇は繰り返してはならない。
いつしか再びフウマ公国に風が吹き抜ける日が来たのなら、次こそは内乱のない国にしよう。
フウマ公国へ仕える彼らは強かった。それは公女がいつ何時も強くあったから。かの大公が、強くあったから。
――ナデシコ様、我々がそばにいます。
白夜の一行と共に国を離れた公女を思い、彼は忍の国に舞い降りる青空を見上げた。
いずれにしても、このまま再建するのは難しい。ナデシコもそれは十分に理解していたし、コウガ公国の手前、自国だけが復興するのは憚られると白夜からの支援を断った。もちろん他の手立てがある訳では無い。今のフウマに、残された資金で国をあげて復興に努めるほどの力は残っていないことは明らかであった。
「リョウマ様、折り入ってお願いがあるのです」
「正直、今後の展開次第では白夜王国に出来ることも限られるかもしれん。それでも良ければ、聞こう」
「はい…。我がフウマ公国を……白夜王国の属国として支配下に置いては頂けませんでしょうか。」
その場にいた誰もが耳を疑った。誇り高きフウマ公国は独立してから今まで中立を保ち、他からの侵略を許さなかった。それが、白夜王国の属国となるというのだ。しかもその言葉がフウマの公女から発せられたのだから余計に驚きが走った。
流石のリョウマもそれには驚きを隠せず、本当に良いものかとナデシコへ再度確認をしたが、彼女は頑として首を縦に振った。
「そしてコウガ公国の再興にもフウマが手を貸すことも約束致します。もはや、このままフウマだけが独立して生きていける世界ではなくなっています。コウガの民の誇りも取り戻したいのです。私が、フウマの民として誇りを持つように」
「いや、しかし…それではその誇りも失われるだろう」
「はい…。分かっております。それでも、これは我ら一族が起こした失態なのです。それを忘れてはいけないのです。リョウマ様、どうか…どうか、お願い致します。」
フウマ公女が白夜王国へ属国の申請をしたという噂は瞬く間に広がり、フウマの民は勿論激昂した。各地で暴徒化する民も現れるほど、その決断は国民へ多大な影響を及ぼしていた。
しかし臣下達は公女を信じ続けた。それはかの勇敢な男が心から信じていた人間だったからか、彼女自身の才能がそうさせているのかは定かではなかったが。
リョウマとの会合を終え、ナデシコは自国へ帰る支度を整えていた。これ以上戦えない自分が帯同して迷惑をかけるわけにはいかない。スズカゼやカゲロウと共にいられる時間は嬉しかったが、彼女にはフウマの公女という肩書きが深く刻まれている。それが消えることはなかったし、忘れようとも思わなかった。
「ナデシコさん…。行かれるのですね。」
「はい…。すみません、私の身勝手な行動に皆さんを付き合わせてしまって…」
「いいえ。リョウマ様へナデシコさんの強い思いが伝わったようで、何よりです。」
スズカゼはナデシコの側へと静かに歩み寄った。誰が近寄ってきているのか気付いているのだろう、スズカゼがどんなに足音を忍ばせても彼女が驚くことは無い。
戦いの道中に暗夜王国の人間と会うこともあったが、彼らがフウマの公女を知っている様子はなかった。つまり、彼女の叔父は最初からガロン王に良いように扱われていただけなのだろう。スズカゼはそう察していた。
「スズカゼさん」
彼女の優しい声が彼の鼓膜を揺らした。ゆっくりとスズカゼがその声に応えると、彼女は目を伏せて口をつぐんだ。長い睫毛が影を落としたが、その先に涙が見えないことがスズカゼの気持ちを少しだけ安心させた。
「無責任な言葉ですが……どうか、どうか無事で……。ひゃっ!す、スズカゼさん…!?」
彼女の言葉の途中でスズカゼはナデシコを抱きしめた。側にいられないことを心苦しく思うのはスズカゼも同じだった。
「ナデシコさん」
スズカゼの切なげな声が彼女の心を締め付けた。側にいたいのに、いられない。大切な人を失いたくないと思う反面、彼女には自分の恋よりも大切な国がある。
「……スズカゼさん…」
「すみません…しばらく、このままで…」
離れなければならないと分かっているからこそ、離れられない。スズカゼが身を置くのは戦乱の中で、絶対帰ると約束は出来ない。自分が命を落としたら彼女は泣いてくれるだろうか。また立ち上がれるだろうか。笑顔を見せられるだろうか。
困った顔でスズカゼを見上げるナデシコの額に口付けを一つ落して二人は離れた。
「行って参ります。ナデシコさん」
その後ろ姿は彼の父によく似て頼りになる大きな背中だ、と彼女はぼんやりと思って彼を見送った。
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