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「そう…なのですね。彼は…あの戦いで命を…」
「はい…。申し訳ありませんでした……。隊長を守ること叶わず、我々のみがこうして生き長らえてしまい…」
「いいえ。彼も、あなた方も間違ってはいないのでしょう。たとえその選択が、どんなに悲しいものだとしても…。もちろん、生きていて欲しかったということに変わりはありませんが…」
「ナデシコ様……。」
公女はいよいよ臣下の男の死を知ると、胸からせり上がってくるものを感じた。男は大公が命を落としてからもずっと彼女の側にいてくれた男だった。どんな命令があっても必ず彼女の元へ帰還し、孤独な彼女を支えた。
その支柱が無くなってしまったのだ。ナデシコは静かに息を吐き、気持ちを落ち着かせた。父もいない、彼もいない、もしかすると、スズカゼも―――
リョウマ一行が暗夜一族と和解してシラサギ城に戻るまで、しばらくの月日が流れた。各地には戦いの模様がすぐにでも伝えられ、他国の人々は、戦争の終結の情報は今か今かと落ち着かない日々を過ごしていた。
フウマ公国も例外ではなかったが、毎日のように起こる内乱のおかげで、常に外に目を向けていられる余裕はなかった。
「スズカゼさん…」
ナデシコは内乱のない静かな時が出来ては心優しい緑の忍を想っていた。静かに名を呼んで彼の抱擁を思い出し、感傷に浸った。彼の無事を毎日のように祈り続けるナデシコの様子を見守る臣下たちにとっても、心休まらない時間が続いていた。
臣下たちは、ナデシコが再び壊れてしまうのではないかと恐れていた。父の死を目の当たりにして声を失い、叔父の死にも直面した。側にいて欲しい人に縋ることも出来ず、公王を失った国は荒れていく。しかし彼女は公女という立場を務め続け、臣下の誰もがその職務を捨て去るナデシコを見たことがなかった。
「ナデシコ様、お休みになってください…。お体に支障をきたしてしまいます」
「構いません。この戦争が終結しなければどちらにしてもフウマに未来はありません。祈ることに意味があるかと問われれば、無いかもしれません。それでも、神が見ていて下さるかもしれませんから…」
信頼を寄せていた臣下の男ならこんな時に何と声を掛けてくれただろう。きっと祈りを捧げるのは自分がやるから休め、そんなことを言うだろうとナデシコは思って笑みを浮かべた。
心の穴は予想以上に大きかったのだが、彼女はまだそれに気付かずにいた。否、気付くほどの余裕もなかったのだ。公女である以上、彼女は強くいるしかなかった。
「ナデシコ様!白夜平原の方に何か見えるようです!」
公女に従う数少ない偵察部隊から報告が入ったのは次の日のことであった。そしてそれは同時に戦争の終結を知らせる白夜軍の一行の列であった。フウマ公国に立ち寄るには広い平原を縦断する必要があり、さすがのリョウマもこの日ばかりは自国に戻るのだろう。
―スズカゼさん、貴方は無事でいるのでしょうか…。
ナデシコは平原の方角の窓辺で緑の忍の姿を思い浮かべた。臣下たちは、今すぐこの城を飛び出してでも彼へ会いに行って、笑顔の絶えない昔の公女に戻ってほしいと思っていたが、責任感の強い彼女は決して自分本位に行動することはなかった。
「白夜の一行は、もう行ってしまわれましたか?」
「ナデシコ様…。国は我々が見ておりますので、お出かけなされたら…」
「いいえ。たとえあの方の安否が気になろうとも、この国を離れる気はありません」
強がりだとナデシコも思っていた。本当は今にでも向こうの平原へ走っていって、彼の無事を確かめたい。会いたい。優しい笑顔を見せてほしい。
願えば願うほど、遠ざかっていく気がしてナデシコは怖かった。まるで父のように。
ナデシコは窓に背を向けてふうっと息を吐いた。扉の近くで待機する臣下が居たたまれないといった表情をしているのが分かる。
それもそうだ、こんな出来損ないの公女に誰が信頼を寄せるというのだ。
―お父様、私はまだまだ足りません。もう少しだけ共に過ごし、公女としての自覚や責任を磨くべきだった…。
どんなに願っても、失われた命は二度と戻らない。父も、叔父も、臣下の男も、会えることはない。頭では理解出来ていてもいつかまた、と期待を寄せている気持ちがあってナデシコはそんな自分を嘲笑した。
「……ナデシコさん」
不意に名前を呼ばれた。それはあまりに親しげな声で、ナデシコは不審に思った。どんなに気を許している臣下でも自分をそんな風に呼んだりはしない。彼女はその声を知っていた。脳裏に浮かぶ優しい緑色の人。
「スズカゼ……さん………」
「ナデシコさん……全て、終わりました。」
「そう…ですか……全て、終わったのですね…」
二人は徐々に距離を縮めていった。
戦争は全て終わったが、フウマ公国の抱えた問題は大きい。フウマの戦いはこれから始まるとしても、彼が生きているという事実は彼女を奮い立たせた。
フウマ公女として、いつか再びこの国を治められるように。白夜の支援に恥じない国になれるように。周りに優しい国になれるように。
ナデシコがそっと触れたスズカゼの腕は温かった。血が通っているという生の証は彼女を大いに安心させた。
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