白夜王国に何度も文を送ろうとしたのだけれどこの状況下ではまともな内容が送れるわけもなく、ナデシコは再三悩んだが筆を置いた。
密書を届けようにもあちらこちらにフウマ兵がいて物騒だ。フウマの不自然なまでの警戒態勢に彼女は疑問を感じていた。


―なぜここまでフウマ兵が張っているのでしょう?まさか白夜から攻められる?いえ…それにしたら兵が少なすぎますね。


窓の外を見渡すだけではわからず、時には外へ出て兵に声を掛けることもあった。そんな主を見て臣下は驚いたが本人はどこ吹く風、現段階では敵ではなく味方なのだと言い張った。もちろん未だに声は出ておらず全て筆談なのだが。




第五話

影でうごめく陰謀と
取り戻せない決意、ざわめく心



フウマ兵は単なる警護だと言っていたのだが、どう見てもおかしい。城門にはさほど多くなく、こちらの裏門に兵が多いのだ。さらに離宮を警戒しているのではなく、異物を血眼になって探しているようにも思えた。

「ナデシコ様、どうやら最近城に暗夜の人間が出入りしているようです。それも必ずと言っていいほどに公王殿の部屋に…」
「私もこの前見かけました。あと…」

どうやら叔父は暗夜王国と関係を深く持とうとしているようだった。昔、ガロン王が白夜王国のスメラギ様を手にかけ、その子どもを攫ったのだとか。となると、白夜王国と親しかったフウマ公国は暗夜に敵対しなければならないはず。それなのに暗夜と親しくするとは。ナデシコは思慮を巡らせる。

―叔父様がガロン王と手を組むつもりなのは間違いないですね。しかしこの兵の数には結びつきません。一体、何が起ころうとしているのでしょうか。

信頼する臣下達と話していると、離宮がざわつくのを感じた。それは皆も同じだったようで、全員の視線が扉へと注がれた。
こちらに近づく足音が聞こえてまもなくその扉が静かに開き、姿を現したのは叔父のコタロウであった。

「ナデシコ、何をこそこそと嗅ぎ回っておるのだ?…ああ…まだ声が出ないのだな、不憫な姪よ」
「……」
「用件は何でしょう、か…。ふん、そう急ぐでない。よく聞け、私の野望を邪魔することはお前とて許さぬ。何があってもお前はここで大人しくしていろ。そうすれば助かる」

もはやその言葉は脅しであった。臣下達はナデシコの表情をちらりと伺ったが、まっすぐコタロウを見つめるその視線も表情も変わることがなかった。
公王はそれが面白くなかったようでナデシコに歩み寄ると、“用件は何でしょう”と書かれた紙を握り潰した。

「忠告はしたぞ。後はどうなろうとも私を恨むなよ、ナデシコ。お前達もだ」

机を叩きナデシコの臣下達をひと睨みしてコタロウは部屋を出た。徐々に足音は遠ざかっていき、彼女の部屋にはようやく静寂が訪れた。
ぐしゃりと握られた紙は筆を下ろしても滲んでしまうだろう、ナデシコはそれをそっと引き伸ばして思った。

―コタロウ叔父様、生憎私はそのような脅しには屈しません。必ず以前のフウマ公国を取り戻します。父が統治していたあの頃の国を。

「ナデシコ様、如何なさいますか?このままでは民の信頼を裏切りかねません」
「せっかく大公様が勝ち取ったフウマ貴族の尊厳を失わせてはなりません!」

臣下の言葉は確かに的を得ていたのだが、ナデシコには散在する兵の真相が気になっていた。
彼らの言葉には何も応えず立ち上がって窓の外を見やると、離宮から去っていく叔父一行の姿が目に入った。公王の部屋には今日も暗夜からの使者が来ているのだろうか。

ナデシコは太陽の眩しさに目を伏せた。もしあの頃に戻れるのなら、忍になって鍛錬するのに。そうすれば父とサイゾウ様を守れたかもしれない。忍として鍛錬するスズカゼとその兄の姿を思い出す。


―スズカゼさん、貴方は何をしていますか?この太陽は貴方のことも照らしているでしょうか。貴方のような優しい忍であれば、私にも目指せたかもしれないのに。

それは憧れにも似た感情だったが、ナデシコに自分の気持ちの真意は分からずにいた。








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