戦いの音がする、気がした。

彼が目を開けると辺りは暗闇に包まれており太陽はまだ眠っているようだった。分厚い雲に隠されているのか月の光も差し込まない不気味な夜だった。

もう一度眠ろうとしたが、どうも胸騒ぎがする。耳を澄ましても戦いの音は一つもせず、誰かの平和ないびきが遠くで聞こえるだけだった。

―私はどんな夢を見ていたのでしょうか。父上、ナデシコさん、どうかご無事でいてください…。

スズカゼは再び目を閉じて隣国に生きているであろう二人のことを想った。そうしているうちにいつしか胸騒ぎは収まっていった。




第六話

不気味に笑う朧月夜
地獄の叫びと共に決裂する国



コタロウが公王に即位してから、フウマ公国は公王派と旧大公派とで二つに分裂していた。民への税の取立ては更に厳しくなり、それは何かが起こることの前触れだと予想する者も現れた。

民の元へは、国の役人が税を取り立てる光景が毎日のように見られていた。最初の頃は皆が協力して役人を追い払っていたものの、段々と所得の差が顕著になってきてからは、互いを守り合うこともしなくなり、“払えない者は自分で何とかしろ”と冷たい目で見る者も出てきていた。

「こんなにまで取り立てて、私達もう生きていけないわ!」
「公王様のご命令だ。頂いていくぞ。払えないのであれば、子を働かせるまでだろう」
「そんな…!」
「お母さん…」

そんな民たちを守るのがナデシコ一派の役目となっていた。その際に収入のどの程度の額が請求されているのか知る手立てにもなり、コタロウの計画の一部を割り出せる可能性があるからだ。
しかし、税収が増えて一体何に使うつもりなのか未だに彼女達も分からずにいた。

「ナデシコ様、今日も役人達が走り回っていると報告が来ております。貧しい者は収入のほとんどが税で取られてしまい、より貧困を極めています」
「確かじゃないんですが…武器業者がかなり富を蓄えているようで…。コタロウ様が何か企んでいるのでは?」

ナデシコは臣下の言葉で叔父が戦いをするのではないかと予感した。そしてそれは見事に的中し、彼女達がこうして考えている間に戦いの火蓋は切って落とされたのであった。
フウマがコウガへ攻め入ったのだ。ナデシコ達がその事実に気が付いたのは、離宮の周りの兵がいなくなってからであった。

―これは何事ですか…!離の周りにいた兵が…!

ガタン、と椅子を倒して立ち上がり外を見回したナデシコの様子を見た臣下も、それに気づいたようだった。

「兵が…兵がいなくなっています…!」


ナデシコの一派は急いでコウガへと向かおうとしたのだが、如何せんコタロウの手下の兵が多数残っており、苦戦を強いられた。今はフウマ公国の味方同士、戦わずしてどうにかしてこの場を切り抜けねばならなかった。彼らがいなくなるのを待っていたが、なかなか見張りの場所から動く隙はない。
そんな時に現れたのがサイゾウとその臣下数人であった。どう考えても彼らが不利な状況だった。

「貴様ら…父をどうした!」
「何奴!かかれ!」

フウマ兵の一声でサイゾウ達は取り囲まれて攻撃を受け、窮地に陥っていた。白夜王国第一王子の臣下といえどこの数を一手に相手するのは難しかったのであろう、彼は顔に傷を負っているようにも見えた。
そんなサイゾウを見ているだけなどナデシコには出来るはずもなく、すぐに飛び出していった。その後を臣下達が追いかける。彼女はサイゾウを囲むフウマ兵の間へと入っていき、それに臣下達も続いた。

「公女様、何をされますか!」
「ナデシコ様に傷一つでも付けてみろ、私たちが許さない」
「…フウマ公女ナデシコ…。生きていたか…。父は何処だ…」

息も絶え絶えのサイゾウをちらりと一瞥し、ナデシコは白夜へ戻るように促した。この様子だとコタロウ側の兵が更に集まってくるに違いないからだ。そうともなれば、サイゾウが生きて白夜王国へ戻れるとは思えなかった。
声を出せないナデシコの変わりに、臣下がフウマ兵とサイゾウの言葉に応じる。

「貴方の父上…4代目サイゾウ様は既に…」
「誰が…誰が殺したのだ!言え!」
「それは…」
「所詮は…フウマ公王の仕業だろう…許さない…決して許さない!」

ナデシコは怒りに燃えるサイゾウの目を見ることが出来なかった。彼の父上は、彼女と彼女の父を守って死んだのだ。それを今、サイゾウに伝える勇気を出すのは難しかった。
しかし、コウガ公国の滅亡の危機と目の前の友人の命を、天秤で計るのは簡単であった。ナデシコはサイゾウとフウマ兵の間に立ちはだかり、その武器の矛先を自分へと向けさせた。

―彼の命を奪いたいのなら、私を殺してからにしてください。

声なき声で訴えるフウマ公女の剣幕に兵が圧倒されているうちに、彼女の臣下達がサイゾウを白夜王国への方面へと逃がしていた。
もはやコタロウとの直接対決が避けられないことはこの件が無くとも明らかだった。






表紙 top