父が作り上げた優しくて強いフウマ公国が壊れつつある、その事実がナデシコを苦しめた。本来であれば公女のナデシコがコタロウを止めなければならぬ立場で、他の誰もが口出しは出来ない。
しかし彼女の声は未だ言う事を聞かず、静けさを保っていた。無理に何かをしようものなら咳き込んでしまうのが落ちだ。

―何を考えているのですか、叔父様。このままではこの国も離れ離れになってしまいます。民に苦しい生活をさせて得た土地に何の意味があるというのですか。

コウガ公国もまた優秀な忍を輩出してきた国であった。互いに認め合い、切磋琢磨し、常に誇り高くあり続けていた。
叔父はフウマ公国が唯一無二の国であることを望んでいたため、そんなコウガ公国が目障りであったのだろう。

―もはや手順を選んでいる場合ではありません。サイゾウさん、どうかご無事で…。




第七話

救いの手を差し伸べたのは
敵であるはずの旧友



フウマ兵に取り囲まれ、サイゾウは潜入した時機の悪さと自身の甘さを恨んだ。父の無念を晴らせるのならば命とて惜しくないとも思っていたが、志半ばではその意味もなくなってしまう。
そんなサイゾウの危機に現れたのが、フウマ公女ナデシコであった。

「サイゾウ殿、怪我の具合は如何ですか」
「大したことない…お前達は先に行け…」

サイゾウはフウマ公女の様子を思い出していた。彼女は一目散にこちらへ向かい、サイゾウへと向けられる矛先を自分へと向けさせた。昔から武器を習うこともなく、戦いとは無縁の公女だと思っていたのだが、言葉で語らない背中は忍の国の公女そのままであった。

「あんな…ひ弱な女に守られる…とはな…」

彼が父の安否についてどんなに尋ねようとも、ナデシコの臣下のフウマ兵から真実が語られることは無かった。公女に口止めされているのか、それとも公王自身にされているのか、サイゾウには知る由もなかった。

「フウマ公女ナデシコ…お前は一体何を考えているんだ…」



サイゾウが治療を受けていると報告を受けたのは、フウマがコウガへ攻め入ったという情報からしばらくしてからのことであった。カゲロウは真相を聞きに彼の元へ向かったが、その姿は予想を上回るものであった。

「サイゾウ、その傷は…!」
「…案ずるな。業務に支障は出ない」
「そういう問題ではないだろう!片目を失ってまで…!」

スズカゼは任務で忍の里を離れており、逆に好都合であった。父の仇を討ちにフウマへ乗り込み痛手を負って帰ってきたなど一族の恥以外の何物でもない。心配するカゲロウを他所にサイゾウはフウマへの闘志を燃やしていた。

「お前には関係ないことだ、カゲロウ」
「…サイゾウ、お前はいつもそうではないか!こちらがどんなに歩み寄ろうとも、そうして逃げる!私がどんなに……!いや…もうこれで失礼する…」
「カゲロウ…!」

しまった、と思ったが時すでに遅し、カゲロウは病室を出ていった。彼は彼女の傷ついた表情に気付かないふりをしていた。きっといつも、無意識にそうしてしまっていたのだろう。
健康な体であるなら直ぐにでも追いかけるのだが、如何せんフウマで負った傷が痛み立ち上がれない。サイゾウはまたもや非力な自分を恨んだ。
包帯の巻かれた片目。これは白夜との国境付近まで護衛をしてきたフウマ兵の一人がサイゾウに施したものであった。


『フウマ兵の非道をお許しください。必ずやナデシコ様が、この国を導いてくださいます…サイゾウ殿…』


フウマ公王コタロウが彼の父を殺したことはもはや明らかだった。サイゾウの問いかけには公女のナデシコもフウマ兵も誰一人答えを出すことはなかったが、その反応は紛れもなく肯定と取れるものであった。

サイゾウはナデシコの後ろ姿をまぶたの裏に思い浮かべ、幼少期の彼女の姿とそれを重ねていた。彼の姿を見て父の後ろに隠れるほど気の弱かった公女が、他国の忍――それも公王の命を狙いに来た――を自国の兵から守るために武器を受け止めるなど考えもしなかった。

「変わった、ということか…お前は…ナデシコ…。だが、俺はお前の叔父を許す訳にはいかない…!」

そしてサイゾウが次に目覚めた時、彼はコウガ公国の滅亡を知ることとなる。フウマへの募る不信感と謎の公女の姿は、彼の頭を悩ませた。






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