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フウマへ向かうと言い残して未だ帰らない父。声を失くしたと言われるフウマ公女ナデシコ。暗夜王国へと連れ去られたカムイ。それらに纏わる、嘘か誠かは分からないたくさんの情報が白夜では渦巻いていた。
自分には何が出来るのだろうか、今まで培ってきた忍の力を何に役立てられるだろうか。
スズカゼは非力な自分が情けなく、眉間に皺を寄せて目を瞑った。兄とカゲロウはリョウマの指示で何処かへ出かけたのだろうか、姿が見えない。自分で決めたことではあるのだが、こんな時は主を持たない自分を呪いたくなる。
そんな彼の心とは裏腹に白夜王国には明るい太陽の光が照りつけている。雲一つない空がスズカゼを見守っていた。
第八話
燃え盛る街と消える平和
満月の夜に響く誓いの声
サイゾウ一派を最低限の犠牲で白夜王国へと逃がしたものの、ナデシコ達はフウマ兵に囲まれてその真意を問われていた。公王のコタロウが帰還すれば大惨事になることが間違いないのだが、ナデシコにはそれよりもコウガ公国の状況が気にかかっていた。
「答えろ!なぜ白夜王国の忍を逃がしたのだ!公女とはいえ、これが公王様に知れればどうなるか…」
―コタロウ叔父様は友好国をなぜ…。
目の前の兵がどんなに声を荒らげても、どんなに武器を近づけても、ナデシコは考え事に夢中で全く関心を示していない。そんな主君の様子に気づいた臣下の1人が、フウマ兵の一瞬の隙をついて数人に眠りの魔法をかけることに成功した。ともなれば簡単に脱出することが出来たので、ナデシコ達はコウガ公国の方角へと足を速めた。
その中でも彼女は変わらずに叔父の策略の裏に潜む真実を読もうとしていた。
―あのフウマ兵の多さはまさか、コウガへ密偵を送っていたのを私に悟られないようにするため?しかし誇り高きフウマ兵が何故そんなことを…。
ナデシコは得意げに自分を見下す叔父の表情を思い出し、自分の考えに間違いがないと半ば確信していた。
臣下によると、コウガへ攻め入ったのはナデシコの父に仕えていた者ではなく、元よりコタロウへ忠誠を誓っている者を集められて作られた部隊で、それ以上の情報は内部にも流れていないようだ。
しかし民への税の取立てが密になっているようで、この戦いの準備が密かに行われていたことを示唆する情報も上がっていた。
「ごほっ…うっ…」
「ナデシコ様…!無理をされてはなりません…!」
父が作り上げた優しくて強いフウマ公国が壊れつつある、その事実がナデシコを苦しめた。本来であれば公女のナデシコがコタロウを止めなければならぬ立場で、他の誰もが口出しは出来ない。
しかし彼女の声は未だ言う事を聞かず、静けさを保っていた。無理に何かをしようものなら咳き込んでしまうのが落ちだ。
―何を考えているのですか、叔父様。このままではこの国も離れ離れになってしまいます。民に苦しい生活をさせて得た土地に何の意味があるというのですか。
コウガ公国もまた優秀な忍を輩出してきた国であった。互いに認め合い、切磋琢磨し、常に誇り高くあり続けていた。
叔父はフウマ公国が唯一無二の国であることを望んでいたため、そんなコウガ公国が目障りであったのだろう。しかし滅ぼすなどというのは言語道断である。
「ナデシコ様…!これは…なんてひどい…!」
フウマとコウガの間にそびえ立つ丘を登ると、そこには信じられないほど凄惨な街の光景が広がっていた。家々には火が放たれ、畑は荒らされ、抵抗したコウガの民の遺体が無残に転がっていた。
それなのに、こちら側の街を彩る花畑はこんなにも綺麗なのだ。ナデシコは足元に広がる、何も変わらないフウマの風景を踏み躙りたくなった。
―許せない…!いえ、許すべきではないのです。この国を、コウガ公国を滅ぼす王など、もはやこの国には必要ないのです。
ナデシコの両眼に力強い思いが灯ったところで、彼女達の前にフウマ兵と見られる軍隊が徐々に姿を現した。もちろん、その中には見知った叔父の姿もあった。彼らはナデシコの姿に気が付き、勝ち誇ったような顔をした。
「見ての通りコウガは滅んだ!それも、私の手でな。もはや敵はない。じきに白夜をも手にかけ、暗夜王国とフウマ公国が統治する世界へと変わるのを見ておけ」
「コタロウ様!そんなことを、先代の大公様が望んでいたと…!?」
臣下の一人がコタロウに反発したところでどうにもならないことは、ナデシコが嫌というほど分かっていた。歯向かって下手をすれば彼の命が無くなるかもしれない、そう思ってナデシコは彼の前に立ち塞がった。
「こんな奴は殺しても構わんだろう、ナデシコ。そう思うだろう?お前も兄の娘だからな?」
「……」
「…ナデシコ様…」
「ふん、どこまでも小癪な姪だ。いつまでも離宮で大人しくしていればいい」
ナデシコは言葉にならない視線をコタロウへ向けていた。
自分もこの男と血が繋がっているのだと思うと、コウガへの民へ手向ける言葉が見つからない。自分のせいでもあるのだ。コウガを守れなかったのも、フウマの民を苦しめているのも、自分の力がない故に起きていることなのだ。
―許せないのは、コタロウ叔父様ではなく、無力な私自身なのかもしれない。もっと力があれば、お父様のことも…守れたかもしれないのに。
その夜、ナデシコは初めて涙を流した。自分に力がないという悔しさなのか、コウガ公国を守れなかった虚しさなのか、それとも父を失ったことへの悲しさなのか、もはや分からなかった。
「大切な人は私の手で守ってみせます。もう二度と失わせない。」
満月の夜に誓う声は、しっかりと真っ暗な空へ羽ばたいた。
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