飛び立ち消える言葉





本隊と合流した私は、姉さんのことをヘクトル様たちに話すことを決めた。それでこの軍を追われることになったら致し方ないという決断だった。今はこちらが味方で黒い牙が敵、それを再認識する意味もあって、話さないままこの軍に身を置くことも憚られた。プリシラが複雑な視線を送ってきているのにも気付いていたが、私はある人物とどうしても話をすべく彼女のいる天幕へと向かった。

「あの、少しいい?」
「名前…」
「本当に戦うの?」
「あなたもウハイを知っているものね……。辛いけれど、それでも今の黒い牙は間違ってるわ。運命は苛酷ね」

淡々と言葉を述べて私に気を使ってくれているようだが、きっと彼女の方が辛いはずだ。私には黒い牙の姉と少しばかりの友人がいるだけだが、彼女にとって黒い牙は家族そのもので、 あの頃の黒い牙を知るのはこの軍で彼女ただ一人。。他の人に相談することなど出来るわけがなかった。
運命は苛酷だと言う彼女の表情を見て、私はあの時のマシューの表情を思い出した。自分が弱くなってはいけない。また気を遣わせてはいけない。

「でも…あなたにとっては本当の友人なんでしょ?私は姉さんから間接的に知ってるようなものだけど」
「ええ。ウハイは……、いえ、もう何も言わないわ。振り返っていては進めない」
「強いんだね」
「そう見られているのなら幸いよ」

微笑んだ軍師の彼女は元黒い牙だった。姉さんのことも知っているし、もちろん他のメンバーのこともよく知っている。こんなに話をしていて安心するなんてことは初めてかもしれないと私は彼女と話す時間が好きだった。
思えば、彼女と姉の存在を重ねていたのかもしれない。

「名前、あなたはこれからマシューと連携してもらうわ」
「え……?どうして?」
「今の彼には支えが必要よ。判るでしょう?」

それがなぜ私なのか、きっとそれは愚問だろう。彼女が私と彼を思ってくれるのは有り難かったが今の私に、彼の隣にいる資格などあるのだろうか。彼はきっと、私を通してレイラの面影を探すに違いない。
そんな偽りの優しさは、あまりに切なすぎる。しかし、確かに傷ついている彼を放っておく訳にもいかなかった。

私の話を聞いたヘクトル様たちは驚愕していたが、私を咎めることなくむしろ話してくれてありがとうと感謝を述べるものだから、私の方が驚いてしまったのだ。
元黒い牙の姉がいたならば彼らに手加減しても可笑しくないし、いつ裏切ったとしても不思議ではないというのに。エリウッドは調子が良すぎると言うヘクトル様に同調したい気持ちだったが、私は一礼してその場を去った。

マシューと連携をとって戦ったことがない訳では無いが、今の彼は不安定そのものだ。恋人の死を目の当たりにして、少し状況を整理したかもしれない。だからといって何が変わるというのか。自分とて、姉さんのことから立ち直れているかと言われると、その答えは否だ。

「マシュー」
「ん…ああ、名前か。通達?」
「うん。軍師さんが、私と連携してって」
「おー、判った」

これで普段通りに振る舞っているつもりなのだろうか。誰も知らない傷だらけの彼の心の内を覗く気は毛頭ない。分かった振りをするのも嫌だった。今までだって、姉さんが死んだことを色んな人が慰めてきたが、全て口先だけに聞こえた。知らないくせに、私と姉さんがどんなに仲が良くて、どんなに私にとって憧れの姉さんだったか。
ぼんやりとするマシューに、私にはどうしてもわからないことがあってそれを問い掛けた。

「一つ、聞いてもいいかな」
「何だ?」
「あの時…どうして私を引き留めたの?」

海岸線で恋人を弔う彼が私に掛けた声。それが触れてはいけない質問だったかなんて後悔は今更出来ない。私は視線を落としたマシューの目を見つめたが、彼の表情は変わらなかった。

「お前だけは…俺の目の前から消えないように、ってな」
「…だめだよ。マシュー。私の側にいたら不幸になっちゃうよ」
「どういうことだよ、それ」

怪訝な顔をする彼に対して私は口を噤んだ。言わないと決めたのに、彼の前では全てをさらけ出してしまいたくなる。無言で首を振ると、意味わかんねぇと少し苛立った声で返事が返ってきた。
姉さんもラガルトさんも、私のせいで不幸になったのではないかと思うほど、私の好きな人たちは私の傍から消えていった。だから、マシューにはそうなって欲しくない。消えるくらいなら、遠くで見ているだけでいい。

「姉さんね、多分…レイラと同じだったから」
「……だからなんだよ」
「え…?」
「黒い牙の制裁ってか?だから何だって話だよ。それと名前は関係ないぜ。レイラはドジった。俺が密偵を辞めさせてりゃ、こんなことにはなんなかっただろうけどな。俺が止めたとこであいつは辞めなかったんだよ」

彼の話に言葉を失う私をちらりと見て、マシューは隙間から漏れる木漏れ日を見つめた。
風で揺れる木々の音に乗せて、あの空の向こうから懐かしい姉さんの声が聞こえる気がした。



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