第3章 再会



第5節




懐かしい呼び方だ、と彼女は切なげ目を細めてに微笑んだ。ふと人影の気配を感じてレイヴァンが身構えると姿を現したのは探し求めていた本名であり、彼は驚きと居心地の悪さで複雑な表情を見せた。
どうして此処にいるのか、何をしているのかなど互いに問いたいことはあったが、二人はただ距離を取り向き合って何も発せずにいた。

レイヴァンは彼女の発言と自身の考えの狭間にいた。自分のことを幼馴染みだと語る彼女の真意と自分の復讐心が絡まり合い、明確な言葉に出来ないままにいた。

一方の本名は、突き放されたあの夜から彼のために何が出来るかと考えていたものの、結局答えは出ないままだった。

「本名」

先に口を開いたのはレイヴァンの方であった。そして彼は自身の考えより先に、現在の彼女に感じる違和感を指摘した。
その傷は港町バドンで受けたであろう一撃に近い位置であったがあの時のものは完治したはず、とレイヴァンは眉間にしわを寄せた。

本名はレイヴァンの知らぬところで彼への襲撃を代わりに受けていた。そして最近受けた弓矢には毒が塗ってあった上、古傷を抉る要因ともなり、治療が長引いていたのだ。

「平気よ…何てことないわ。私たちは戦争をしているのだから、負傷することは日常茶飯事でしょう?」

腕を彼の視線から庇うように体で隠すと、レイヴァンは彼女に歩み寄りその腕を引いた。びりっと電気が走るような痛みが本名を襲い、思わず顔をしかめた。

「っ……!」
「怪我をするくらいなら、俺たちのことは守らなくていい。足でまといになる」
「レイモンド…!」
「全部忘れてくれ。俺に此処で会ったことも、お前の家がしたことも、俺と……昔馴染みだったことも、全てだ」

彼が本名の腕を離すと、それはだらりと重力に逆らうことなく垂れ下がった。今も続く鈍い痛みのせいなのか、胸が締め付けられるような彼の言葉のせいなのかは彼女にも分からなかった。

予想しなかった申言に本名は何も返すことが出来なかった。それは余りにも無情で余りに心苦しく、受け止めるのに精一杯で、受け入れてしまえば何かが壊れてしまうような気がした。

何も言葉を発しない本名を一瞥して背を向けるレイヴァンの様子がスローモーションのように網膜へと映る。追いかけることも声を掛けることも出来ず、本名は彼の背中を見送った。

忘れてくれ、と言った彼の眼差しに込められた思いは何だったのだろうか。決意だろうか、若しくは悲しみだろうか。数秒前のはずなのに思い出すことが出来ない程、彼の言葉には衝撃があった。

「忘れるなんて……出来るはず、ない…」

腕の傷の鈍い痛みが本名を現実へ呼び戻したが、穴の空いた彼女の心にその声は響くことはなく、塗られた薬が虚しくその傷をずきずきと癒していた。

レイモンドの姿が完全に見えなくなって、本名は壁へと体を寄せた。ひんやりとした石の壁が体温を奪う。激しい動悸で意識が朦朧としている彼女にとって心地よかったが、それがほんの一時の気休めであることは彼女自身が一番良く理解していた。

こんなにも苦しいのは傷の痛みなのか、または彼の言葉の重さなのか。どちらにしても自分の不甲斐なさのせいだ、と本名は情けなさにため息を吐いた。

頭を抱えて座り込む本名をレベッカが見つけるまで、彼女はそうしていた。彼が戻ってくるなんて甘い考えはなかったはずだが、偽の名を呼ぶ緑髪の少女を見て心に風が吹き込むのを感じた。



top 戻る