第3章 再会



第6節





忘れもしない9年前の約束の日が、1年も早くやってくることは2人にとって計算外であった。煌々と輝く様子が憎い、とレイヴァンは天に輝く星を睨みつける。
2人で歩んだ日々は色褪せることなく彼の記憶に留まっている。全部忘れろ、と言っておきながら自分には出来ない、と彼はふうっと静かに息を吐いて目を閉じた。

ヘール・ボップ彗星が導くのは、流星群とあの日の淡い記憶。忘れることが出来ないのではない、忘れたくないと思っている自分が何処かにいるとレイヴァンは感じた。
あの頃は背丈も体格もあまり変わらなかったのに、久しぶりに再会した本名は自分よりも随分細く小さく見えた。しかしその背中から感じられた強い決意は、誰の為のものだったのだろう。両親の為なのか、罪滅ぼしの為なのか。それとも。

レイヴァンは自身の胸の内にかかった靄の正体が何なのか、知りたくないと思っていた。知ってしまえば、認めてしまえば、全てが壊れてしまうと分かっていたから。
そんな彼の心とは裏腹に、星たちはまさにこの地へ降ってきそうな程に煌々と輝きを増していた。そんな空を見上げ、あの時と同じだ、とレイヴァンは思った。

『見て、レイモンド!あれが北極星かな?』

あの日は朝まで雨が降っていたが、今日は雲一つなく晴れ渡っている。その中でも北極星は周りのどの星よりも輝いており、まるで他の星を導くようにその光を地上へと伝えている。
松明がなくとも近くが見えるほど不気味に明るい空。一人で見上げるレイヴァンを笑うように星たちは瞬いた。

「……始まったか」

レイヴァンの一言と同時に一筋の流れ星が広い夜空を横切り、それに続くように無数の星が空を駆けていく。最初のはヘール・ボップ彗星、と彼はその名を口にした。
外に長くいると冷える季節だ、レイヴァンが自分に宛てがわれた天幕へと向かおうとすると正面から歩いてくる人の気配に気づき、立ち止まって木々の間に身を隠した。こんな夜更けに出歩く者など、何か意図があるに違いがなかった。

「…本名……?」

彼女は空を見上げながら足を前へと進めており、足元を見ていないのをレイヴァンは不安に思いその様子を窺っていたのだが、やはり木の根に靴を取られ、転びそうになった。彼は舌打ちをして彼女の目の前へと飛び出し、すんでのところでその体を抱き留めた。

「きゃ………!?」
「…森の中で足元を見ずに歩くなど、気が抜けすぎている」
「……レイ…モンド…」

森は静まり返り、時折吹く風が木々を揺らす音だけが2人を取り囲む。レイヴァンが彼女から離れて立ち去ろうと背を向けると、本名は9年前、とぽつりと呟き、彼はその言葉に足を止めた。
空では未だ星の群れが2人を照らしており、その中に佇む北極星が明るく輝いている。
どうして足が動かないのか、とレイヴァンは自身の足元を見つめた。

「…9年前と、空は何も変わらないの」
「……」
「なのに、私は……」
「何も言うな!」

よくも忘れろなどと無責任なことを言ったものだ、とレイヴァンは自身の発言を再び思い返していた。自分は忘れるつもりもないのに、彼女に無理難題を強いて。自分の前では立場が弱いということを利用しているだけではないかとレイヴァンはくるりと彼女の方へと体勢を向けた。

「本名」
「…何?」
「俺は…忘れたことなどない。昔、お前と過ごした日々を、あの日見た星を、交わした約束を…」

空を駆ける星が本名の瞳に映り込み、時折光る様子を彼は美しいと感じていた。あの日の笑顔を守りたいと思っていたのに、今こうして出会えたというのに、彼女に笑顔はない。
幼い2人が必ずこの流星群を共に見ると小指を絡めて約束したあの日を、2人とも忘れてはいなかった。

それでも本名は一歩を踏み出すことが出来なかった。温かい家庭を壊したこと、彼を大いに傷付けたこと。彼からどんなに優しい言葉を掛けられたとしても、それを拭い去ることなど到底出来るものでは無かった。勿論彼女が直接手を下した訳ではないが、彼の家は無いのに自分の家は変わらずオスティアにある、その事実が本名に罪の意識を感じさせていた。

「レイモンド、私は貴方を守るわ。そして、貴方が大切に思う人のことも」
「まだそんなことを…」

きらりと光って空を流れる星が大地を照らす。懐かしい思い出の光が今の2人の様子を切なげに見下ろしては遠くへと消えていった。




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