第1章 現在



第3節




偽名、知ってる?とレベッカから問いかけられて、何のことかと問を返すとふふふ、何でしょう?と笑って緑色の三つ編みがいたずらに揺れた。
焼き菓子の作り方、マーカスの弱点、マリナスの馬車の居心地…など、思い付くものをレベッカに聞いてみるも、どれも首を横に振られてしまい、偽名はとうとう観念した。

「分からないわ、レベッカ。何を隠してるの?」
「偽名なら知ってるかもしれないと思ったんだけど、良かった!もうじき、流星群が見えるんですって!」
「流星群……」

レベッカは詳しい星の話をしなかったが、偽名はこの時期に見られる流星群を知っていた。それはヘール・ボップ彗星が導く、ドラゴン座流星群だ。前回見たのは9年前だと記憶しているので少しばかり早いのではと感じていたが、時期的にそれ以外の流星群であるとは考えにくかった。

「偽名?どうかしたの?」
「えっ…あ、いえ。流星群…さぞ美しいでしょうね」
「ええ!私もとても楽しみ!何をお願いしようか今から考えてるの!」

無邪気なレベッカの笑顔に、偽名の心は暖かくなった。それと同時にあの日を思い出す。


9年前は澄み渡る夜空であった。前々から本名の家の屋根裏部屋から共に見ようと約束していたのだ。そこは暖炉も届かない寒い部屋で、本名達は毛布にくるまって温かい飲み物を片手に空を見上げていた。
そして彼は本名の手を握って、 何かを言いかけたのだが、その口が何を紡いだのかは、彼女の知るところではなかった。


「偽名、どうかした?」
「流星群には思い出があって…少し思い出してしまったの。ごめんなさい、レベッカ」
「羨ましい、流星群の思い出があるなんてとってもロマンチックね!」
「ふふ、そうね…」

忘れもしないあの日がそんなに前になるなんて、偽名は懐かしさで夜の空を見上げたが、そこには流れ星の一つも見ることは叶わなかった。
今日は曇り空だ。星たちの輝きは弱く月はぼんやりとその光を湛えている。

「レベッカ、では知ってるかしら。この流星群は10年に一度しか見られない特別なものなのよ?」
「そうだったの?すごい、偽名がそんなこと知っていたなんて!さっきの思い出は10年前ということ?」
「そうよ。そしてね、このドラゴン座の流星群は特に強い光なんですって。だから願いも叶うのだと聞いたことがあるわ」

感動するレベッカの反応を見つつ、偽名は母の言葉を思い出していた。ドラゴン座の流星群の話はすべて星好きの母から聞いたもので、暖炉の前で編み物をしながらゆっくりと星の話をする母の姿を偽名は思い浮かべた。
興味深く聞いてはいたものの、あの頃は偽名も幼く、母の話す星の話の半分も理解出来ていなかっただろう。振り返ると勿体ないことをしていたと彼女達は感じた。

「そんなに素敵な流星群なのね!」
「ええ、是非レベッカにも大切な人と見て欲しいわ」
「大切な人、と…」

冷えるから毛布と温かい飲み物を用意したのは母だったか、自分だったか。偽名は曖昧な記憶に蓋をした。今年は共に見られるはずがないのだ。だってあの人は今――

「偽名は誰と見るの?」
「……誰と?そう、ね………誰でしょうね」
「…偽名?」

彼女の前で感傷的になって気を遣わせるのは申し訳ないと思いつつ、偽名はもう一度夜空を見上げた。そこには雲隠れする月が相変わらず輝き続けていた。半分ほどが雲の切れ目から顔を出していたが、すぐにそれもぼんやりとした影に包まれてしまった。

「晴れるといいわね」
「そうね…」

偽名に倣って空を見上げるレベッカは、一体誰とあの流星群を見るのだろう。幼なじみの弓使いだろうか、それとも緑色の従騎士だろうか。偽名は口元に笑みを浮かべて、彼女の三つ編みが揺れるのを見ていた。


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