07
>次の日、朝練が終わって教室に入った研磨はクラスメイトからの予想外の発言に驚くことになる。友人が多くない研磨はクラスでもさほど仲の良い同級生はいない。一日のほとんどをバレー部と一緒に過ごしている上、彼自身が必要以上にクラスメイトと関わろうとしないので、用事がないと話しかけないし、話しかけられない。
はずだったのだが。
「なあ孤爪、金曜日一緒にいた人誰だよ?」
「え…?」
「駅で美女と一緒にいたろ。20歳くらいの」
「…人違いじゃない?」
「いやいや、うちのジャージだったしそんな頭お前くらいしか居ないじゃん」
なんであんな時間に駅にいたんだという疑問は別のクラスメイトが聞いてくれて、塾の帰りだったんだよと彼は当たり前に言い放った。そんなことはどうでもいい、なまえと一緒に居るところを見られたことの方が面倒くさい、なんて誤魔化して返事をしようかと研磨が思考を巡らせていると、再び彼が口を開いた。
「そんでお前、パーカー着せてたじゃん!」
「マジかよ!!彼女!?」
「パーカー着せたあと相合傘でどっか行って、マジかよってすげービックリしてさ!」
一部始終を見られていたのかと研磨はあの時の軽率な行動を後悔しつつ、大きな声で自分となまえの秘密の逢瀬の話をするクラスメイトが鬱陶しく、イライラして立ち上がった。
「あのさあ、おれに彼女がいたらおかしいわけ?もういいでしょ、退いてよ」
「え…マジ?」
「孤爪に…年上の彼女?」
はぁ、とため息を吐いてトイレへと逃げ込む。戻ったら戻ったで茶化されるのが分かっているが、予鈴まで我慢すれば良いだけだ。お昼は屋上でバレー部と一緒にいればある程度は逃げられる。猛虎も招平も違うクラスなのが此処に来て影響してくるとは、と研磨は同級生の2人の顔を思い浮かべた。
「孤爪って女とか興味無さそうなのに意外だわー」
「そういう奴に限って性欲強かったりしねぇ?」
「うわ、想像できねー!」
下世話な発言をするクラスメイトのお陰でいらぬ噂が立ち、研磨が教室に戻った時におかしな視線を向けられた気がしたが、彼はあまり気にせず席に着いた。授業が始まってしまえば関係ない。もはやずっと授業中でいいとすら感じるほどだ、と研磨は思った。
「ギャハハ、何お前、結局見られてたんかよ」
「クロうるさい」
「ドンマイ」
「う…福永に言われるとちょっと傷つく」
バレー部と過ごす昼休みも大概騒がしいが、教室の騒がしさを思えば幾分かマシだ。なまえのことも知っているし、彼女のことを変な風に捉えれられることも無い。そういえばクラスメイトが彼女を年上だと思ってることを伝えると、あー確かにと夜久は同意を示した。海や福永も頷いており、彼女が同級生よりも大人びていることを実感せざるを得ない。
「なまえ背低いしそこまで上にも見えねぇけどな」
「うん。化粧してたからね」
「あーなるほど…」
確かに夜久よりも小さいしと黒尾は言いかけて口を噤んだ。たとえ彼が始めた話だとしても身長の話はタブーだ。音駒バレー部の暗黙の了解。ただでさえ研磨となまえが付き合い始めて昨日は凄まじい練習だったのに、火に油を注ぐわけにはいかない、と黒尾は一人頷きながら彼らの会話を耳に入れていた。
「なまえサンって何センチなんすか?夜久さんより背低いっすよね?」
「あ?」
「おいリエーフ!バカお前…!」
「リエーフそこ直れェ!!」
やっちまったな、と黒尾と海は顔を見合わせて肩を竦めた。リエーフに足蹴りする夜久に巻き込まれないよう研磨はそそくさと逃げ出し安全な場所へと移動して携帯ゲームを始めているし、福永と芝山も触らぬ神に祟りなしと言う感じで我関せずの状態である。カオス、と黒尾は通常運転の音駒バレー部のメンバーを見て苦笑した。
「で、なまえさんって実際身長いくつなんだ?」
「157とかじゃない?平均って言ってたし」
「意外…!」
「なにが」
「160はありそうじゃね?」
夜久に聞こえないようにしているのか猛虎にこっそり聞かれて、研磨は視線こそ画面に向いていたが的確にその質問に答えた。確かになまえは小さいと研磨も感じていた。自分も背が高い方ではない上に猫背だが、それにしても彼女とは身長差がある。だがクールな性格と大人びた顔立ちでそうは見えないというのが真理だろう。
コソコソ話をしている2人に割り込んできたのは黒尾で、なまえも変わってるよなぁと突然小声で話題を転換させた。
「まさか研磨に惚れるとはねぇ」
「それッスよマジで…!」
「何が言いたいの2人とも」
「いやぁだってお前に男としての魅力感じるって相当変わってるぜ?普段のお前の姿を知ってるなら余計に」
根暗でゲーマーでプリン頭で人と話すのが億劫で友達も少ない。まあ確かにと研磨は自己分析して思うのだが、なまえが自分を好きというのだから事実に変わりはない。研磨以上に好きな人なんていないと言われたのを思い出して少し口角を上げると猛虎にアレコレ追及されたが、結局昼休みはそこで終わり各自教室へと戻ることになった。
教室行きたくないと嫌な顔をしてつぶやくと、人の噂も七十五日って言うしと福永が慰めてくれたが、2ヶ月以上もこれが続くと思うと地獄、と更に研磨は目を窄めた。
「なあ孤爪、彼女の友達紹介してくれねぇ?俺年上と付き合ってみたいんだよな〜!」
「年上って言っても1個上だし、友達は彼氏いるから無理」
「え、マジ?高3かよ!」
「うん」
あんな見た目なのに高3とか逆詐欺じゃね?とか意味不明なことを言う同級生に研磨はあからさまに嫌な顔をしながら次の授業の教科書を準備する。早く先生来い、早く授業始まれ、と祈りながら鞄を漁っていると、携帯がメッセージの受信を知らせていた。こっそり開くとなまえの友人からで、なまえのことよろしくね!と始まり騒がしい絵文字で飾られていた。うん、ありがとうと一瞬で返事を送ると、その瞬間科目の先生が教室へと入ってきて研磨は鞄をそっと閉じた。
「え!早!研磨くんもう返事きた!」
「なんてー?」
「うん、ありがとう。だって!」
「えっ、何?研磨に何送ったの?」
「秘密〜!それよか私と衛輔のキューピッド役お願いしまーす」
学校のカフェテリアできゃいきゃいと話す2人を見て、友人には本当に恵まれたとなまえは感じていた。きっと1人ならインターハイだって見に行かなかったし、彼らと会うことだって無かっただろう。そうすれば今とは全く違う生活になっていたはずだ。半ば強引にインターハイへ連れて行った2人に改めて今度お礼をしないと、となまえは思って、私に出来るキューピッドならいくらでもやるよと2人の向かいの席に腰掛けた。
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