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音駒に行く当日になって突然の授業変更。最悪だと友人2人はボヤいた。1時間目に予定していた授業が6時間目に変更になり、2人は音駒の部活開始時間に間に合わないと音駒の3年生達に連絡を入れていた。彼女達の私立高校は既に2年までで必修過程は終えており、3年になった今は選択授業のみとなっている。2人が受講している1時間目の数学応用の先生が急遽の予定で来られなくなったのだという話で、大学でもそんな急な変更はないと当然多方面から不満が出ていたが、残念ながらそれ以上に情報は下りてこなかった。なまえはその授業を取っておらず、彼女は4時間目で授業が終わる予定になっている。
先に行ってていいよと悲しい顔で告げる友人に了承の意を示すと、なまえの携帯にメッセージの受信を告げる振動が鳴る。

授業何時まで?という淡白な内容に、もう終わったよと返事をすると間髪入れずに着信があり慌ててなまえは電話に出た。

「もしもし」
《あ、なまえ、今日何時に来る?》
「えっ…何時でも行けるけど、何時に部活始まるの?」
《大体15時半とか》

なまえが時計を見るとまだお昼。研磨から電話がきていることを考えると恐らく音駒は昼休みなのだろうと彼女は推測した。
公立高校とはいえ見知らぬ制服の女子が一人でうろつくわけにもいかず、その位の時間に合わせて音駒へ行くことを伝える。音駒に一人で行くこと自体初めてで、いつもは友人どちらかと一緒なので少し不安だと思いつつ研磨の返事を待っていると、彼が意外なことを言うので、なまえは言葉を失った。

《じゃあ迎えに行くから校門の近くで待ってて》
「……え?」
《だから、迎えに行くからって言ってんじゃん》
「体育館までなら行けるけど」
《…行ったとこでバスケ部しかいなかったらどうすんの》

不満そうな声色に思わず笑みを零す。研磨が迎えに来てくれるのは嬉しい。彼がわざわざ自分から面倒な世話を焼こうとしているのだ、これを拒否する選択肢などあるわけが無い。
待ってるねと返答すると、うんと言ったあとに研磨の声が少し遠くなり荒らげているのが分かり、何事かと耳を澄ませば恐らく黒尾達が電話を盗み聞きしていたといったところだろうか、となまえはその状況を想像して再び笑った。

《はぁ。立ち聞きとかほんとウザ…》
「黒尾とかでしょ?ふふ、目に浮かぶよ」
《クロも一人だったらいいんだけど集まると最低》
「黒尾と夜久と猛虎と招平?」
《今日はそれに犬岡もいたよ》

部員ほとんどじゃんとなまえが電話先で笑うので研磨は不機嫌になりつつも彼女の明るい声が聞けたことが嬉しくて目を細めると、遠くで研磨が笑ってる!とざわざわしているのが聞こえて彼は声の方をキッと睨んだ。
こっそり抜けてきたというのに目敏く気が付いたのは間違いなく幼馴染だろうとニヤニヤ笑う顔を思い浮かべて研磨はため息を吐いた。

「着いたら連絡して」
《うん、また後で》
「……なまえ、早く会いたい」
《えっ…け、研磨!?》
「ふふ、じゃあ後でね」

慌てるなまえの姿を思い浮かべて研磨は電話を切った。残す授業は2つだ。勉強は嫌いではないし好きでもないが、これほど早く授業が終わって欲しいと思ったことはないとポケットに携帯をしまうと、丁度予鈴が昼休みの終了を告げる。
久しぶりに会える嬉しさで浮き足立ちそうなのを抑えて研磨は教室への道のりを歩きだした。

勉強もゲームと似ていると研磨は思う。攻略できそうで出来ないところとか、手札が多ければ多いほど進めるのが簡単になるところとか、まさにそうだ。だから勉強が苦痛に感じることは無いが、さほど好きということも無い。汗もかかないし静かだし誰もがしていることだから目立ちもしないところは好きだが、好きでも得意でもない分野に関しても取り組まなければならないのは嫌だ。とはいえ放課後は基本的に部活で忙しく、授業を聞かないと遅れてしまう方がもっと面倒だと研磨は黒板を見て手を動かした。

ホームルームが案外長引き、研磨が携帯を見ると10分ほど前にメッセージが来ているのが分かる。さて行くかと荷物をまとめていると、クラスメイトが騒いでいるのが聞こえてきて無視して行こうと思ったが、その話の渦中にいる人に心当たりがありすぎて研磨はぴたりと手を止めた。

「なんか校門に他校の女子がいるらしいぜ!」
「なんだそれ!」
「連絡先聞けねーかなー!」

こんなタイミングよく別の生徒が来るとは思えない。研磨はリュックを掴んで走り出した。誰かのために走るなんて初めてなのかもしれないが、今そんなことはどうだってよかった。なまえにもし何かあったら困る、誰かに連れて行かれたら、それを止められるかは分からないけどとりあえず行かなければという気持ちが彼の足を後押しする。
探す必要もなく何名かの男子生徒が囲んでいるのが分かったのでおそらくそこにいるのだろう、と研磨は恐る恐る近づく。

「待ち合わせって何?誰と?今からどっか行かね?」
「なあなあ連絡先教えてよ?」
「執拗い。用事があるから」
「ヒュ〜、クールなのもいいじゃん?」

はぁ、となまえがため息を吐いているのが分かるが流石にこの状況の中に割って入る勇気がない研磨はソワソワと外から彼女を見ていた。少し経てば諦めてくれるかとも思ったがそんな様子もなく、寧ろ少し増えてきているような気がする。意を決して行くしかないかと研磨が唇を噛み締めると、なまえが手を挙げて彼の名を呼んだ。ギャラリーの男子生徒が一斉に彼を見る。

「待ち合わせ相手って、まさかあいつなことないよな?」
「ケンマ?って誰だあれ。お前知ってるか?」
「知らねーよ。2年とかじゃねぇの?」

素早くギャラリーの男子生徒達の間を抜けたなまえは彼の手を取って早足で体育館への道のりを歩き始める。彼女の体温と手の感触に研磨はパチクリと目を瞬かせながらなまえを見たが、彼女は早く行こうと言わんばかりに手を引っ張るので仕方なくそれに従う。クラスメイトに見つかり指をさされたりなどもしたが、此処で波風を立てるのも嫌だったので部室に急ぐことにした。
角を曲がると人が減り、部活へと向かう学生たちばかりが目に付く。他校の生徒を少し不思議そうに見ていたが、さほど気にしている様子はない。研磨は足を止めてなまえを引き留めた。

「ごめん研磨」
「いいよ、おれが遅かったのが悪いし。ちょっと強引ななまえ、レアだし」
「…何それ」
「待ってて、着替えてくるから……あ、クロ」
「よ、なまえ。すげー注目されてたけど無事かー?」

その後ろから早く着替えてこいよーと催促する夜久の声がして、黒尾を横目に研磨は部室へと入った。久しぶり、と声をかけられてなまえがその主を見上げる。友人の彼氏であり、彼氏の幼馴染である黒尾は背が高い。久しぶりとそのままおうむ返しで返事をすると、ニヤニヤと目の高さを合わせてくる。

「何、黒尾」
「お前の反応、だんだん研磨に似てきたよな」
「は?」
「あー、やっぱいいわ、おアツくて何よりデス。で、今日の分析ちょーだい」
「黒尾、あの時はありがとう。はいこれ今日の分」

研磨の調子悪いのは俺らが困るからなと黒尾が解析資料に目を通していると着替え終わった研磨が部室から出てきて、まだいたんだと2人へ声をかけた。お前らの話だよと黒尾が茶化すものだから研磨は口を尖らせて不満な様子を顕にする。
ほら行くぜーと先に歩き始める黒尾を見て、2人は顔を見合わせて笑った。




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