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東京代表戦が近づくほどになまえ達の受験の日も近づいていく。なまえは代表戦も近くなったことで、暫く音駒には行かないと固く誓って家で参考書に向かっていた。毎日苦手科目に向かうのは勿論、得意科目を伸ばすべく応用問題も欠かさずに取り掛かった。一息ついて時計を見ると15時を回ったところで、夕飯の買い出しに行かなければと思い立つと、それを見計らったかのように携帯が着信を知らせる。研磨からか、と期待して素早くその相手を確認するも、期待外れな名前に落胆しながら通話を始めた。

「もしもし?」
《なまえ、勉強中だったか?悪いな》
「どうしたの?何か用事?」
《あー…うん、今月はそろそろ帰ろうかと思って。研磨くん、今週大会だっけか》

会ってほしいと伝えてからも予定が合わず、その後いい加減になっていた日取りをまさか父から提案されるとは思わずなまえは驚いて言葉を失った。カレンダーを見ると、今週の日曜日は父の言う通り東京都の代表決定戦が予定されている。音駒は勿論、梟谷も勝ち進んできているので、皆で息抜きも兼ねて見に行くつもりでいた。その後はかなり疲れているであろうし、流石にどこかへ誘う気にはならない。春高全国大会は年明けからなので、せめて12月にしてほしいと伝えると、12月の初旬を指定されたのでなまえは一旦承諾しつつも研磨に予定を聞くと言って電話を切ろうとした。

《本当は研磨くんのバレー、見たいんだけどね》
「まだ紹介もしてないのに?」
《それもそうだな》
「春高で見に来てよ。私も試験さえ被らなければ行くから」
《ああ…そうするよ。音駒が勝つように祈っておく。なまえも根詰めて勉強しすぎないように》

不器用ながらに心配してくれている父へ感謝を伝えて電話を切ると途端、再び携帯が鳴り驚いて画面を見ると、それは待望の相手からのものであった。なまえは頬を綻ばせて電話に出ると、眠そうな声が電話越しに聞こえた。

《なまえ》
「ちゃんと起きてた?」
《…眠い。これから部活》
「今週だもんね、東京代表戦」
《梟谷に負けたら2試合目あるの、今から考えてもイヤだ…》

でもおれ木兎さんのスパイク止められる気しないといつものトーンで研磨との会話は進み、なまえは彼のげんなりした表情を思い浮かべながらくすくすと笑いながら話を聞いていた。
なまえは目標の大学を定めたので合格に向けて勉強に専念し、研磨も烏野と“ゴミ捨て場の決戦”を実現するべくお互いに努力しよう、という理由の上に会わないようにしていたのだが、その時間は研磨にとって地獄以上の何者でもなく、早く代表戦が終わってくれとさえ思っていた。

「夜久なら取れるんじゃない?」
《クロと夜久くんでも調子いい時の木兎さんのスパイクは簡単には取れないよ》
「へぇ、そんなに凄いんだ。練習試合で勝ったことあるんだっけ?」
《うん…何回か。向こうの自滅があったり…木兎さんにムラがあるから》

それ勝ったっていうか…となまえが乾いた笑いを漏らすと、研磨もふふっと笑って2試合目の確実性を予期していた。とはいえ必ず負けることが確定している試合など端からは存在しない。冷静な彼だからこそ、そういうことは良く知っているので手を抜くことはしないだろうと彼女は思った。
とはいえ梟谷は強敵であることに間違いない。あと2校は井闥山と戸美だったような、となまえが思い出して代表戦の話を少ししているうちに部室に着いたと落胆した声、続いて研磨早くしろよ!という猛虎の声が遠くで聞こえた。

《はぁ…》
「あともう少しだから」
《うん。分かってる》
「黒尾になんか言われる前に、早く行きなよ」
《なまえ》

ん?となまえが続きを促すも、研磨は何も言わず電話の向こうは静かで彼女は研磨?と彼の名前を呼んでその存在を確認すると、早く会いたいとぽつりと呟くように微かな声が聞こえた。一瞬なまえは言葉を失い彼の台詞を頭で処理するように深呼吸をすると、次は彼が不安に思って彼女の名前を呼んだ。

「…私も、早く会いたいよ」
《もう少し、ね》
「うん」
《じゃあおれ、部活だから…勉強頑張って》
「ありがとう。研磨もね」

電話を切るとなまえは画面に残る名前を少しの間見つめて、ふわりと微笑んで携帯をポケットに入れて買い物に出かける準備を進めた。早く会いたいと言える人が、言ってくれる人がいることが嬉しくて堪らない。代表戦は皆で見に行くと決めているからこそ今のうちに勉強しなければならない。彼らが勝ち上がったら試合は続く。研磨は恐らく高校でバレーを辞めるだろう。だからこそ、彼のプレイ姿を見られるのは最後なのだとなまえは寂しく感じながら家を出た。

「ふわぁ…」
「研磨ァーー!!」
「な…何!?」
「気合いが足りねぇぞ!」
「いいってそういうの…よく分かんないし…」

根性論は謎だ。根性があったところで何かが変わる訳では無いし、がむしゃらにやったところで上手くいくとは限らない。最善の策を冷静に考えて相手の様子を見極めて攻めていく方がずっと面白いと思うからこそ、研磨は猛虎の言葉に嫌な顔をして答えていた。
バレーの勝敗に興味はないが、なまえが喜んでくれるのだから勝った方がいいに決まっている。東京代表に残るため、全国に進むためになまえたちは手伝ってくれたし、ここまでキツい練習を乗り越えてきたのだから、どうせなら烏野と、日向翔陽と試合をしたいというのも研磨の本音だった。

「まあ…おれも、やるべきことはやるよ」
「知ってるぜ」
「何が?」
「研磨、勝つぞ。全国行くのは俺達だ」
「うん…そうだね」

勝ったらなまえが大好きな笑顔で迎えてくれるだろう場面を想像して、研磨は猛虎の言葉に頷いた。彼女が笑っていてくれるなら何だっていい。あんな悲しそうな、苦しそうな顔は見たくない。少しだけしんどい時間を我慢すればいいだけだ、と研磨は体育館の入口にやってきてこちらに笑顔を向けるなまえの姿を思い浮かべた。

「山本!研磨!サボってんなよー見えてんぞー」
「さ、サボってねぇっすよ!」
「えー…まだやるの…」

黒尾と夜久と海と本気のバレーをするのが最後だとしても、研磨は自分の一番のプレーをするだけじゃないの、となまえに言われたことを思い出した。3年生の3人は来年この場所にはいない。じゃあ、なまえは?
はぁ、と研磨は黒尾に気が付かれないように息を吐いた。彼女が居ないかもしれない。否、きっと傍にはいない。たった1年、されど1年。この学年の差がどんな違いを産むのか、研磨にはまだ分からなかった。



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