23


戸美学園。粘りの音駒と似た戦い方で、守備に長け様々な手を使って勝ちをもぎ取るチーム。審判に媚びて卑怯な手を使うと言っていたのはすれ違った他の高校のバレー部員だ。見知らぬ高校だったが、戸美と対戦して負けたのだろうということは推測出来た。なまえ達が観客席へと降りると、第1セットの中盤だった。
点数を見て、取っては取られてを繰り返しているのだろう、今もその点差は開くことなく力が拮抗していることが分かる。研磨からの連絡の時間を考えるともう少し試合展開が進んでいてもおかしくはないので、想像以上に厄介な相手かもしれないとなまえは粘る戸美の部員を見つめた。

「イマイチ乗れない感じの雰囲気…」
「ん〜、確かに」
「粘り強い対決だもんね。そりゃそうかも」

音駒の雰囲気がおかしい、チームワークが少しばかり堅い気がする、となまえが思った瞬間に夜久がレシーブの際に観客の足を踏んだ影響か足首を痛めて苦しげな表情をしてベンチへと下がった。友人は暫し固まってその様子を見ていたが、静かに息を吐いて衛輔やっちゃったなぁ〜と震える声で呟いた。一番焦っているのが夜久本人であることは明確で、そんな彼を思って少しでも冷静であろうとしている様子が見て取れる。とは言っても、彼女にとっては大切な恋人が怪我をしたことに対して、心配しているのは紛れもない事実だ。
行ってきなよと下に降りるよう促すと、友人はごめん、行ってくるねと笑顔を見せてその場を離れた。無論ベンチのある場所までは行けないにしても、降りれば夜久に声が届くようになる。

「夜久くん…」
「私達まで焦っちゃだめ。芝山だってずっと一緒に練習してきたんだから信じるしかないよ」
「なんか、なまえが主将みたい」
「何言ってんの、黒尾の彼女はそっちじゃん…」
「そうじゃなくて、安定感が」

第1セット終盤のアクシデント。守備の要であり支柱である夜久を失うのは音駒高校にとってはかなりの痛手のはずだが、なまえの見る限り猫又監督も研磨も至って冷静に見えた。特に策略家の研磨のことだ、どんな策をとるのか考えているに違いない、と彼女は思った。未完成のリエーフと夜久の代わりとして投入される芝山。おそらく黒尾や海の動き方も少し変えてくるはず。あとはイマイチ調子に乗れていない要因に見える猛虎をどう使っていくかが問題か、となまえは研磨の考えを読んでいた。

「研磨、なまえ来てんぞ」
「うん…何となく知ってる」
「は?何だそれ」
「おれ、ご褒美は取っておきたいタイプだから」

音駒の応援団から少し離れた所に3人が現れたのは何となく視界の隅で確認していたものの、いざ大勢の前でなまえと目を合わせるとなると恥ずかしさが勝ってしまい直視出来ないというのも理由の一つだった。部活中は何も考えずに彼女の方を見ているというのに、試合となると色んな人がいるので観客席に視線を送りにくいのだ。仕方ない、と自分を納得させながら研磨はボールを上げ続けた。

第1セットを辛くも先取したところで研磨がちらりと上を見上げると、なまえはそれに気がついて視線を合わせた。2人の視線がカチリと合う。なまえはその目でまだ音駒は大丈夫だ、と感じ、研磨は彼女がこちらを案じていることを察した。

“研磨”
“なまえ”

声はなくても分かる2人の世界だ、となまえの友人は黒尾の方に肩を竦めて見せると彼も同じように笑顔を見せた。
守備の要を失ったとしても立て直せば良いだけのことだ。司令塔であるセッターの彼がその可能性を捨てていないのは今のこのチームにとっては大きな影響を持つだろう。なまえはコート全体を見渡して満足そうに深く息を吐いた。

「研磨くん、何だって?」
「え?」
「目で会話してたじゃん」
「そんな大層なことしてないよ。間に合ったよって伝えなきゃだし」
「でも、声に出してなかった」

さほど2人の付き合いは長くない。むしろ付き合い始めたのは後だったはずなのに、心の距離が近付くのは研磨となまえの方がずっと早かった、と友人はコートに立つ背番号5を愛しげに見つめるなまえを横目で見た。研磨はきっとすぐに彼女の心の隙間にすべりこんだのだろう、親友である私たちですら入り込めなかったというのに、少し寂しさすら感じてしまう、と彼女はふぅと息を吐いて恋人である黒尾の姿を追いかけた。

「研磨の言いたいことは何となく分かるしね」
「以心伝心じゃん」
「まあ…そうなっちゃうけど」
「今更何恥ずかしがってんのー!羨ましいくらいだよ。私はまだ…その域には達してないからさー」
「えっ…まさか黒尾と上手くいってないの?」

そっちじゃないし何でもないよと友人が笑うので、なまえは首を傾げてコートを見つめた。仲の良い親友のはずなのに、心を開いてもらえない虚しさ。否、分かっていたのだ、なまえの心の壁が高いことくらい、この3年で十分なほど理解してきた。何かあったかと聞いてもそれとなく誤魔化されて、でも少しだけ寂しそうな顔に、何も聞けないもどかしさに何度唇を噛んだか。それなのに、このたった数ヶ月でその壁を超えて彼女の心の中に入り込んだ人がいるというのだから驚きだ。

「夜久はアイシングしてるし捻挫っぽい?」
「病院行かなそうなところ見ると軽度なのかな」
「靭帯いってたらって結構怖かったけど、コーチもそんな重傷な感じ見えない」
「やっぱり後ろには夜久くんがいないとね…」

研磨くん、なまえのことをよろしくね、と友人はコートの中の小さなセッターに視線を移した。勝敗に興味がなくて、とりわけバレーが上手いわけでもなく、かといって下手なわけでもない。黒尾にやれと言われるから仕方なくやってると言って何年になるのだろうか。確かに彼もよく分からない所がある。というより研磨くんについては分からないことだらけだ、と彼女はプリン頭の理由を思い出して少し口角を上げた。むしろこんなにも目立つじゃないか。
そして、研磨のサーブと共にいよいよ第2セットが始まる音が響いた。



prev next


戻る top