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今日は疲れているだろうから会わない方がいいだろうか、でも連絡しないと機嫌を損ねるだろうか、などと考えているうちに音駒高校バレー部の部員が揃って正面から出てきてしまい、なまえはメッセージを送ろうとしていた携帯から顔を上げた。おそらく此処で解散とはならず、一度学校へ戻るだろう。会うとなればその後だ、となまえは思って研磨の姿を探すと、手元の携帯がメッセージの通知を告げる。
“おれの家で待ってて”
短い文章は、今日会おうという彼からの意思表示だった。なまえが顔を上げると、向こうでこちらを見ている研磨と目が合う。彼女が頷くと、研磨はいつもとかわらないひょうじょうでひらひらと手を振って駅へと向かって行った。何事かと友人達が質問を投げかけてきたので、何でもないよと答えを濁した。もちろん言っても良かったのだが、此処で騒ぎ立てるのは研磨が望まないだろうという少しの言い訳と、この後に会うことを言いたくないという素直な気持ちが勝った。
「夢みたい…まさか全国なんて…」
「ほっとした気分…ほんと…良かったぁ…」
「夜久にはまだまだ活躍してもらわないと」
「ほんとだよ〜!衛輔あんなもんじゃないから!全国に見せつけてきてほしい!」
そう話しながらなまえ達も少し遅れて錦糸町駅へと歩みを進めた。ファミレスかカフェに入るかという話も浮上したのだが、今日は解散にしようということで纏まった。なまえは胸を撫で下ろして研磨の家の方角の電車に乗り込み、ふと思ったのは一人で彼の家に行くのは初めてだということ。いつも行く時は一緒だったので、どうしたものかと携帯を見るも特に研磨からのメッセージはない。インターホンを押してお邪魔すれば良いのだろうか。だが、研磨が予め連絡していなければ突然押しかけたことになってしまう。しかもこの時間はおそらく夕飯を作っている頃で、迷惑ではないだろうか、となまえは不安な気持ちで一杯になった。
だが、電車は止まってはくれない。乗り換えの駅で少しだけウィンドウショッピングをしていたが、先程まで見ていた試合の興奮とこれから彼の家に行く不安と色々な感情で素直に買い物する気持ちにはなれない。仕方なく研磨に学校出たら連絡してとメッセージを送ると、携帯を触っているのかすぐに返事がきた。
“先に家行ってていいよ”
行ってていいよ、ではなく不安だから一緒に行きたいんだけど、と思いつつそんないかにも研磨が面倒臭いと言われそうなメッセージを送るわけにもいかず、なまえは覚悟を決めて了解というスタンプを押して会話を終了させた。研磨の家はこの駅からだともうすぐの距離にあるので、10分足らずで到着するだろう。行ってていいと言われて行かないのもおかしな話だ。学校から帰るということは黒尾と一緒に帰ってくるということで、彼と鉢合わせたくないという魂胆もあるのかもしれない、となまえは自分を納得させて孤爪家へと続く道を進んだ。
何度か足を運んだので迷うことは無い。似たような沢山の一軒家が並ぶ住宅街だが、なまえは真っ直ぐ彼の家へと向かっていた。いつもは研磨と2人で歩く道を1人で歩いていると自分の存在の小ささを実感する。あと数ヶ月で大学生になるとはいえまだ高校生だ。人の人生を背負う責任もなければ覚悟もまだない。誰かと付き合うということをあまりに軽く考えていたとなまえは思った。
「なまえちゃんいらっしゃい!早かったのね!もう研磨ったらさっき送ってきて〜」
「え…?」
「今日なまえが来るからってそれだけ送ってきてね。夕飯どうするのって聞いたのに無視よ無視!」
「す、すみません…急に…」
「いいのいいの、私達もなまえちゃんが来てくれると嬉しいし!買い物済ませちゃったんだけど、足りなかったらあるものでいい?」
すみません、と再びなまえが謝罪を口にすると、気にしないでと研磨のは母は笑った。そして母は彼女の様子を見て、研磨の言葉を思い出した。
“なまえはたぶん小さい頃から凄い気を遣って生きてきてると思う”
きっと今も、自分たちに気を遣って進んで手伝いをしてくれて、話をしてくれているのだろうと感じた。あまり家に親がいないと言うので実家のように思ってくれたらと考えていたのに、なかなか心を開いてくれるのは時間がかかるかもしれない、と母はなまえの名前を呼んだ。
「勉強したり…したいんじゃない?」
「え…?」
「今日も試合見に行ってくれてありがとう。研磨の部屋使っていいから、自由にしてね?」
「そ…そんな、私…」
「なまえちゃん、この家では何も気にしなくていいの。大丈夫、なまえちゃんのこと嫌いになったりしないわ」
彼の母は強い言葉でなまえを研磨の部屋へと導いた。すみませんはいらないのよ、と朗らかに笑う母に再び謝罪を口にしようとして、感謝を伝えた。研磨が戻ってくるまで勉強をするかと鞄から問題集を取り出す。面談では、合格率が60%という話をされたばかりで気を引き締めなくては、と思ってペンケースを探すとどうも見当たらないことに気がついた。何処にしまったのかと考えていると、そう言えば友人と話している時に教室で机の中に入れた記憶があるのを思い出して、なまえはため息を吐いた。
彼の机の上には書籍とゲームしか見当たらず、机の引き出しを開けるといくつかペンが入っていた。研磨のものを勝手に使うのは初めてだ、とそのうちの1本を手に取ってカチカチと芯を出す。これをいつも研磨が使っているかと思うと不思議な感覚だ、となまえはノートを開いてペンを走らせた。
暫くの間集中して取り組んでいると部屋の扉をノックする音がしたので返事をして手を止めると、顔を出したのはこの部屋の主であった。
「なまえ」
「研磨…!おかえり、気付かなくてごめん」
「ただいま。勉強してたの?」
「うん。あ、研磨、試合お疲れさ…」
研磨がなまえを抱きしめたことにより彼女の言葉は途中で途切れたが、構わず研磨はその温もりを感じるように頭を肩に乗せて自分よりも小さな体に腕を回す。疲れた、と呟いて研磨は体を離して彼女の唇を奪った。
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