勝者はどちらか
>朝練が終わって眠い目を擦りながら席に着いた瞬間、隣の席からねえ国見!と声が掛かる。誰の声かは分かっているので敢えて無視してホームルームまで眠りを貪ろうとするも、聞こえてるの分かってんだからね!とゆさゆさと体を揺さぶられる。何事かと思って薄目を開けて顔だけ彼女に向けると、やっとこっち向いた!と笑うみょうじに国見は欠伸で答えた。
「聞いてよ〜!昨日あのカフェ行ったんだよ、駅前の!」
「あー…」
「見て〜〜!パフェ!超やばくない?マジ美味しかった!てか上のやつキャラメルソースなの知ってた?食べた瞬間国見に言わなきゃー!って思って!」
「え、キャラメルかかってんのかこれ」
思わず起き上がって彼女の携帯を奪い取って画像を見る。キラキラと加工された画像は色がよく分からない。勝手にスライドして別の画像へ移ると、満足そうに笑って自撮りしている彼女の写真が国見の目に飛び込んできた。携帯を奪い返そうとするみょうじの手をひょいと交わして次の写真へと移す。口を開けて友人と一緒に撮っているもの、パフェすら写っていない自撮り写真がお目見えする。物凄いキメ顔に国見がぷっと吹き出すと、みょうじがガチで怒るよと睨みつけて来るのでようやく携帯を彼女の手に戻した。
「自撮り勝手に見ないでよ!マジ最低!」
「いいじゃん別に減るもんじゃないし」
「あーいいですぅ、塩キャラメルスイーツはもう二度と教えませーん」
「おい、それは話が違うだろ」
国見くんが悪いんですぅと唇を尖らせてそっぽを向くみょうじに、ちょっと待てと机を叩く。流行りものが好きな彼女はいつも美味しい店を教えてくれるのだが、塩キャラメルのスイーツが近場にあるなど初耳だし、そんなフェアがあったら見逃せない。ずいっと彼女の机に身を乗り出せば、近いんだけどと嫌そうに逃げるのでジト目で見つめ続けるとシッシッと手で払われる。
「自撮り見たのは謝るから塩キャラメルの店は教えてください」
「ヤバ。棒読みじゃん」
「いや、ちゃんと謝りますすいませんでした」
「必死すぎてウケる〜!いいよ、教える代わりに国見の奢りね」
謝っただろ、と言う国見に対してじゃあ教えてあげないとそっぽを向かれるので彼は渋々了承した。契約成立〜!と楽しそうなみょうじにしてやられたなと思いながら彼女と出掛けることに多少の興味もあり、悪い気はしていなかった。
来週からだからさ〜、とみょうじが携帯のカレンダーを見せてきたところで担任が入ってきてその話は一旦中断することになり、彼女は素早く机の中に携帯をしまった。その余りの素早さに国見が笑うと、バレるからマジやめてとみょうじが必死に睨みをきかせてくる。
「国見月曜日部活休みなんだっけ?」
「そうだけどなんでみょうじが知ってんの?」
「文句は及川さんへどーぞ。私来週はバイトだわ〜。再来週は?」
「俺は部活なければいつでも」
え、暇なの?と怪訝な顔をする彼女に、せっかく部活が休みの日に予定なんか入れるかよと反論すれば、うわ勿体な!人生損してる!と言いながらじゃあ再来週ねと早速携帯に予定を打ち込んでいる。ホームルームが終わって1時間目までの短い時間も隣の席なので自然と話すことが増える。
運動部入ったことないくせによく言う、運動部のくせにスタミナないのか、なんて小さいことであれこれと言いながら2人は会話を繰り広げていた。
いつもこの調子だ、と国見は思っていた。みょうじは社交的で話しやすいのでどんどん軽口が増えていく。何度か女子から告白されることはあったが、彼女とは2人で出かけてもそんな雰囲気になったことは一度もない。だからこそ楽だったし、せっかくの休みに出掛けても良いと思う自分がいる、と国見はみょうじをちらりと見た。
「最近雨多くない?超ダルいし晴れたらいいな〜」
「だな。雨だと余計眠くなるし」
「いやいや、晴れてても国見は授業中寝てんじゃん!何言っちゃってんの。ウケる」
「いやいや、あれは不可抗力だから。みょうじが案外真面目すぎなんだよ」
はぁ?マジで一言多すぎなんだけど!と憤慨するみょうじの髪が揺れる度にふわりと彼女の匂いが国見の鼻腔を擽る。こうして頬を膨らませているのも、ケラケラと笑っているのも、授業中の真剣な顔も、彼女はまるで別人のように表情が違って面白いのだが、時折感じる女性らしさに胸を高鳴らせていることに国見は気が付かなかった。
茶髪をくるくると指に巻き付けながら不満そうな顔をしているみょうじがおかしくて、彼はニヤリと笑いながら机に頬をぺたりと付けた。
「あんた1時間目から寝る気?」
「みょうじの百面相見てたら面白くて寝れないわ」
「国見英さん?」
「おー怖」
ピロリンと携帯が鳴って、ヤバっと言いながらマナーモードにして周囲を警戒している彼女を見て、国見も頭を上げて席の周りを見渡したが教師がいる様子はない。隣のみょうじへ再度視線を向けると、ギリセーフという単語を口パクで伝えられ、その瞬間に教室の扉が開いて1時間目の教師が姿を現した。2人して顔を見合わせてふふっと笑う。
授業は楽しくも何ともないが、国見はみょうじが隣の席の間はなるべく起きていようと思っていた。時々彼女からノートの切れ端が飛んでくることもあるし、全く見回らない教師の場合は携帯にメッセージが来ることもある。
「国見」
「ん?」
「あ、待って髪になんかついてる」
「え…」
みょうじの手が伸びてきて彼の髪に触れ、意外とさらさらじゃんと小声で言いながら彼女は糸くずを取ってみせた。ぽい、と床にそれを捨てたあとササッと携帯を弄ったかと思ったら国見の携帯がポケットの中で震え、それを教師にバレないようにこっそり隠れて確認すると、美容院行きたいと謎のメッセージが送られてきている。
国見が何言ってんの?という顔をすると、再度彼の携帯が震えた。
〈国見めっちゃ髪つるつるなんだけど何で?〉
〈何もしてないから〉
〈うらやま〉
〈黒髪にしたら?〉
無理〜!といってバツを作るウサギのスタンプが送られてきて、国見はニヤリとしてみょうじを見ると、巻かれた茶色い毛先をしきりに触っており、むすっとしながら彼の方を見た。
そしてちらりと教壇に視線を送り、国見に合図を送って彼はそっと携帯を机の中に仕舞う。これもいつもの事だ。こういうことに関しては絶対に協力するし、陥れることはしない。
無事に授業を終えると、みょうじは早速ねぇねぇと国見に声をかけた。
「ほら、ちょっとこの辺とか触ってみ?めっちゃ傷んでる〜」
「あ、バサバサしてる」
「でしょ?あ〜早く美容院行きたーい」
「行けばいいじゃん」
髪が触れるような近い距離なのに、そういう雰囲気にはならない。させないような見えない壁があるような気がする、と国見は彼女の髪へ再び触れた。再来週にはこの髪は切られているのだろうか、と思いながらみょうじを見つめると、彼女と視線が交わる。
「来週行こうとしてる〜」
「へぇー」
「だってせっかくのイケメンとのデートだし〜?」
「突然何の話?」
「はぁ?あんたのことに決まってんじゃん!」
無自覚イケメンですか〜?と言ってニヤリとするみょうじに呆気に取られて国見はぱちくりと瞬きをした。よもや彼女から自分に向けてイケメンという単語が出てくるなど夢にも思わず、ああそうと歯切れの悪い返事をするので精一杯だった。
そんな彼の反応を見て察してか、国見は普通にイケメンだと思うよとフォローを入れてくるので更に居た堪れない気持ちになり、彼は机に突っ伏した。嬉しいやら恥ずかしいやらで感情の整理がつかない。
「ほら国見、先生来たよ!」
「え!って、いねぇし…」
「嘘で〜す」
「最低だなお前」
国見マジ面白すぎとゲラゲラと笑うみょうじを横目で見ながら、彼女にイケメンと言われること自体悪い気はしない。次の瞬間こそ本当に教師が扉を開けて教室に入って来たので彼らは互いに顔を見合わせた。
>
戻る top