迎えに来てよ王子様
>どうしてもお願い!他に居ないから!今回だけだから!と同僚にお願いされて仕方なく参加した合コン。少しだけ参加して直ぐに帰ろう、となまえは思っていた。彼氏がいることは何となく話していたが、それが誰かまでは言ったことがない。相手がプロスポーツ選手となればあれこれと詮索されるのが目に見えている。そして合コンをセッティングしてだの、誰か紹介してくれだの、頼まれるに違いない。そんな面倒くさいことに巻き込まれるのはなるべく避けて通りたい、となまえは隣に座った人と適当に話を進めていた。
「なまえちゃん、2人で抜けようや。そろそろ頃合やろうし」
「あー…すみません…私、明日が早いので今日は帰ろうかと…」
「それやったら連絡先交換しよ」
隣の人がそう言ってきた瞬間になまえの携帯が着信を告げる。画面を見るとそこに映し出されたのは言わずもがな“佐久早聖臣”であり、なまえはすみません電話なのでと断って小さな荷物をこっそり持ち出して席を立った。その間にも着信は鳴り続けており、苛々しているであろう彼の顔が浮かんで彼女は急いで通話を始めた。
「ごめ」
《遅い。何してんの》
「ちょっと、付き合いで…」
《今どこ?迎えに行くから》
迎えに来られたら困る、すかさず直ぐに帰るからと返答すると、機嫌の悪そうな声がする。なんで今日に限って帰るのが早いのかと店の前で頭を抱えていると、後ろから大丈夫?と声を掛けられた。それは先程の合コンで知り合った、もとい隣の席だった人で、なまえは焦って電話口に向かって大丈夫ですと応えてしまった。
《何が?ってか今の誰?》
「あ、ご、ごめん何でもないから…」
《無理。今すぐ迎えに行く。GPSでもなんでも使って場所も割り出すけど》
「…じゃあ、淀屋橋まで…」
《分かった。このまま切るなよ》
はぁ、と溜息を吐けば再度背後から駅まで送ろうかと笑う男性。彼と一緒に居るところを見られたら更に機嫌を損ねるに違いない、となまえはやんわりと断ろうとしたのだが、これが全く上手くいかない。挙句の果てにはそんな彼氏別れた方がいいと言い出す始末で、それには流石のなまえも呆れてしまい言葉を失った。
《何言ってんだよ気持ち悪い…なまえに触るな…》
「それは無いから大丈夫」
《なまえの大丈夫は全く信用出来ない》
「聖臣ったら酷いなぁ」
ふふ、となまえが笑っていると、笑い事じゃないという聖臣の声が電話口から聞こえた。淀屋橋までなら10分程度だろうとなまえは店の入口であわよくば彼女を持ち帰ろうとする人物を無視して再度店内へ入り、先に帰る旨を同僚へ伝える。相変わらず電話は繋いだままで、スピーカーにしてそれを彼にも伝える。
《25沿いの銀行前》
「はーい」
《もうすぐ着く》
「え、早い!急いで行く!」
電話しながらであれば撒けるのではと考えたのだがどうやら後ろから着いてきているようで、大阪の男は中々にしぶといな、となまえは眉をひそめながら早足で目的地へと歩みを進めていた。聖臣に付いて大阪に来てから4年ほどになるが全然慣れない、となまえは背後の気配を感じつつも振り返らずに進んでいた。
2人で住み始めた吹田のマンションはとても快適でなまえの職場までも近く、彼の所属するMSBYブラックジャッカルの本拠地までも遠くはない距離だった。
「あの、すみません。私、連れが迎えに来てるんです」
「無視するのは酷いやん?傷つくわー」
「彼氏が、迎えに来てるので」
「さっき信用出来ないとか言われてたけどなぁ」
目的地に着いてもなお話を終わらせてくれない人物に嫌気が差してまだかと車道を見つめていると、見慣れた白のレクサスが目の前に停まり、窓が開く。俺のなまえに触るなと言いたげな顔で睨み付けるその人物こそが、佐久早聖臣。なまえは驚く男性をひらりと躱して助手席へと回り込んで定位置へと乗り込む。さよなら、と言う言葉を残して発車する車に彼は呆然と立ち尽くしていた。
「で、何してたの」
「どうしてもって合コンに誘われて仕方なく…」
「で?」
「お、怒ってるね聖臣…」
当たり前じゃんと真っ直ぐ前を見て車を走らせる彼に申し訳ないとは思いつつ、なまえは小さくその席に座っていることしか出来なかった。マンションの駐車場に入って車を停めて降りようとシートベルトを外した瞬間に抱き締められて何事かとなまえは聖臣の方を向く。唇に柔らかい感触がしたと思ったら口付けされており、驚いて目を見開くと当然彼の顔が間近に迫っていてなまえはそっと目を閉じた。
「あ、あの…聖臣…」
「何?早く降りなよ」
「うん…」
なまえが言われた通りに車を降りると間髪入れずに除菌スプレーを振り撒くいつも通りの聖臣を見て、彼女は少しだけ口角を上げた。特に今日は色んな匂いがして嫌なのだろう、と自分の服を嗅ぐ。
「家帰ったら風呂だからな」
「分かってる」
「当たり前だけど金輪際合コンは禁止。絶対に」
「うん、ごめん」
エレベーターの中で手を繋ぎながら、彼氏がブラックジャッカルの佐久早だって言っていいの?となまえが聞くと、俺は他言するなって言った記憶なんかないと睨みを利かさられるのでそれは私の都合でしたとバツが悪そうに視線を外す。扉を開けて2人の家に帰ると靴も履いたまま抱き寄せられて深く口付けを落とされる。後ろには扉、前には聖臣で逃げることも出来ずなまえは必死に彼のキスに応えていた。
「っ、はぁ…」
「好きすぎて可笑しくなりそうなのは俺だけ?」
「聖臣…」
「なまえ、好きだ」
力強く抱き締められて少し苦しくても、今日は自分が全面的に悪いので彼にされるがままでいよう、となまえは聖臣の大きな背中を優しく摩った。学生時代と同程度の“好き”なら大阪まで来たりはしない、となまえは彼の胸で息を吸う。
「私も大好き。聖臣、ずっと一緒に居ようね」
「その言葉に二言はない?」
「ある訳ないじゃん」
「じゃあ、」
一緒に風呂、と言われてなまえは吹き出した。結婚しようとでも言ってくるのかと思えば全然違ったことが可笑しくて笑っていると、聖臣が不機嫌そうに彼女の服を脱がしに掛かろうとするのでそれを制止しながら2人で仲良く風呂場へと向かう。
たまには一緒に入ってもいいか、となまえが入浴剤どれにする?と聞くと、彼はじっとそれを見て選んでいた。親や友人から離れることに不安を覚えながらも就職する時に知り合いのいないこの土地を選んだのは、彼が一緒だったから。
「聖臣」
「何?」
「大好き。だーいすき」
「突然何…酔ってんの?」
違うよ、となまえが背中に擦り寄るとそこまで言うなら覚悟しなよと捕まえられる。ちゅ、と優しく口付けすれば聖臣からも同じように唇を合わされる。きっとこれが幸せと言うのだろう、となまえは湯気の立つ風呂場で彼に最上級の笑顔を向けた。
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