それは誰からの贈り物?
※社会人設定


今日は夜更かししないで寝て、と言われて仕方なくベッドへと潜り込む。じゃあ寝かせてよと言って誘った彼女は隣で既に寝息を立てており、そんな無防備な寝顔を見て研磨は口元を綻ばせた。彼女が自分のモノになってしまったらつまらなく感じるのではと少しばかりの不安があったことが懐かしく思えるほど、今その心配は無用であった。高揚感は確かに薄れゆくものだが、それ以上に感じる愛しさや安心感が研磨の心を包み込む。
“好き”という感情を言葉にするとしたらなまえの前だけだろう、と研磨は彼女の額に唇を寄せて目を瞑った。腕の重みも、規則正しい寝息も、密着する肌も、全てが愛しい。ずっと離れることなく側に居たい。そう思いながら研磨も段々と意識を手放した。

少し早くかけたアラームによってなまえは目覚めた。自分にだけ聴こえるようにこっそり一晩中着けていたワイヤレスイヤホンのせいで耳が痛かったがその甲斐があり研磨はまだ夢の中だった。彼の携帯が光るのを視界の端で捉える。きっと音駒の誰かからのメッセージだろうと検討をつけながらなまえは彼の腕の中からすり抜けて部屋を出た。

「もしもし?」
『おーす。今向かってるとこ。海と犬岡と会って3人で。研磨から返事ねぇって言ってるけどまだ寝てんのか?』
「うん、まだ寝てる。アップルパイ受け取ってくれたよね?」
『当たり前。俺を誰だと思ってるんですか』
「はいはい、ごめんって」

黒尾の電話を取りながらなまえはキッチンに向かっていた。研磨が美味しいと言ってくれた料理が中心だが、果たして寝起きで食べられるのかは分からない。そもそも時間は昼近いというのに彼は珍しく寝坊している様だったが、それは彼女からすると嬉しい誤算であった。
この計画を立てようと言ってきたのは黒尾で、久しく音駒の部員が集まるきっかけにもなるだろうと切り出したのだ。この歳で一人暮らしで大人数が集まれる家となると研磨しか選択肢がないのも事実だったが、研磨を驚かせてみたいと猛虎や福永が乗ったのも理由の一つであった。

「お邪魔しまーす」
「うわ、めっちゃいい匂いっすね、流石なまえさん…」
「久しぶりだな、なまえ」
「いらっしゃい。夜久から連絡ないけど大丈夫なの?」
「さあ?平気なんじゃね?」

研磨の好きな店のアップルパイを受け取りながら3人を出迎えていると、向こうの方で物音がしてなまえは急いで音の方へと足を動かした。研磨がいよいよ目覚めたのだろうかと思ってそっと部屋を覗くと、目を覚ましてはいたがまだ寝ぼけ眼で携帯を見ているところだったのでなまえはアップルパイを棚に隠して3人を手招きした。研磨にバレないように事を進めようと言ったのは夜久。絶対どこかでバレるはずだが、バレたとしても研磨が驚いたらこっちの勝ちだ、と誇らしげに言うものだからなんの勝負だと言って皆で笑ったことを思い出す。

家の前着いた、という彼からのメッセージを黒尾に見せて迎えに行ってもらう。寝室の様子は海にお願いして見てもらっている。昨夜のあれこれが散乱しており犬岡には見せられないし黒尾には茶化されそうだし、海にしか頼めないとなまえが直々に依頼したのだ。確かに居間とは違い散らかっているな、と海は苦笑いしながら欠伸をしている研磨の様子を隙間から確認していた。

「よ。研磨は?」
「声でけぇ!起きたらしいから静かにしろ」
「マジか」
「研磨さんビックリしますかね」
「もう気づいてたりしてな」

それありそうで一番嫌なやつとリエーフが言うのを芝山が苦笑いで返す。いつも通りを心がけてなまえが研磨を呼ぶと、うーんとまだ眠そうな返事が聞こえる。海の代わりに彼女が部屋を開けてもう一度研磨に呼びかけると、相変わらず察しのいい彼は何かいつもと違うねと彼女の雰囲気を察する。部屋に入ってベッドに腰掛けると、研磨が彼女の腰に手を回した。

「誕生日おめでとう、研磨」
「あー…早起きしてたのはそういうこと…」
「起きてたの?」
「その時に起きたけど、また寝た」

料理の匂いこそ気が付いているだろうが、この家に音駒高校バレー部のメンバーが集合し始めていることまでは流石に気が付いていないだろう、となまえは彼の額に口付けた。
早く起きないと冷めちゃうよ、と言うとそうだねと言って研磨はベッドから降りる。海が居間に戻るといつの間にか猛虎や福永も集合しており、既に準備は万端だ。

「何作ったの?」
「それは見てからのお楽しみ」
「匂いでなんとなく分かるけどね」
「何それ」

居間を通り抜けて洗面所へと向かう2人の声が遠ざかっていくのを元部員達は顔を見合せながら聞いている。静かにしていないといけないのは重々承知していても面白くて笑いそうになるリエーフを抑えたり、こっそり笑っている福永をジェスチャーで指摘したりと無音ながら大騒ぎしていた。
じゃあ先にご飯準備してるからね、と言うなまえの合図で皆はクラッカーを手にして主役が部屋に入ってくるのを待った。

「なまえ、今日のご飯って――」
「研磨、誕生日おめでとう!」

パーンと部屋に鳴り響くクラッカーの音と声に目を丸くして研磨は立ち尽くした。作戦成功だとハイタッチする黒尾と海、ニヤニヤ笑いながら研磨さんの驚き顔久々に見たと言うリエーフ、お前も大人になったよなと涙ぐむ夜久。何故ここに皆がいるのか、そして肝心の彼女も微笑みながら料理を運んでいる。

「え…何、どうなってんの」
「見りゃわかるだろーが。祝いに来たんだよ」
「研磨さんにバレないように家に入るの大変だったんスからねー」
「だって、夜久くん今日試合だって…」
「そんなん嘘に決まってんだろ?」

あれよあれよと中央に座らされ、用意された料理を口に運ぶとそれは彼の好きななまえの味で、研磨は美味しいよ、と彼女へ視線を向ける。彼女の手料理を皆で食べるのは少し不思議な気分だったが、悪くないのかもしれないと研磨は久しぶりの再会を喜んだ。仕事がどうとか、大学の時がどうとか、環境が変わっても変わらない彼らの様子を研磨は見つめていた。確かに変わったこともあるのだろう。自分とて変わったと思うことはあるが、こうして皆で会えば高校生の時の自分に戻るようだ、としみじみ思う。

「研磨さん、なまえさんとは結婚しないんすか?」
「お前なぁ、そういうのは聞かないもんなの!研磨にもタイミングってもんがあんだよ」
「じゃあ黒尾さんはどうなんすか!」
「俺の話にすり替えんな!」
「灰羽くん落ち着いて、とりあえず座りなよ」

リエーフと黒尾の話で研磨がなまえへ視線を向けると、彼女も同じように彼を見つめていた。今まで考えもしなかったその二文字が不意に現実のように感じて研磨はなまえの頭に手を伸ばしてその髪をさらりと撫でた。

「結婚、する?」
「は!?」
「ちょ、研磨、待て、そういうのはちゃんと2人で…!」
「虎もクロもうるさい…」

まさかの公開プロポーズに孤爪家は大混乱でなまえは笑いながら涙を拭った。研磨の発言に嬉しい気持ちも勿論あったが、彼女以上に喜んで泣いている夜久と慰める黒尾や、一世一代の告白をやり直せと研磨に詰め寄る猛虎とそれを泣きながら止める福永。相変わらず大騒ぎの彼らを見て懐かしさを含んだ温かい気持ちが流れ込んできて涙が止まらなかった。サプライズを仕込んだ彼の誕生日にプロポーズされるなど夢にも思わない。

「なまえ、返事は?」
「はい…よろしくお願いします」

なまえの返事にヒュー、と口笛が鳴り拍手が沸き起こる。元チームメイトからの手荒い祝福に研磨となまえは顔を見合わせて笑った。




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